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第12回 子どもの体力の追跡14年間

12回

11回私の世田谷2011年 3月絵画



幼児期からの呼吸循環機能(最大酸素摂取量)の発達を個人レベルで追跡測定する研究は、対象が中学3年生になるまで毎年実施された。1983,1984,1985年に三重大学付属幼稚園に入園した年少児(3・4歳)および紀伊長島町立長島幼稚園の入園児(5・6歳)を対象にした追跡測定は、1997年まで14年間にわたって継続された。1986年に名古屋大学から東京大学に転勤した後も、東大駒場キャンパスから測定機材をレンタカー(ワンボックスカー)に積み込んで、三重県紀伊長島町や津市まで運転した。当時は、高速道路網が未整備で、休息なしでも8~10時間をかけたドライブであった。毎年同対象を繰り返し測定するので、子どもたちの毎年の成長の様子に触れることができる楽しみもあった。小さな幼児が中学生期になると、体つきや物事の考え方も大人への準備ができてくる。人生に対していろいろな疑問も生じてくる。「なんで僕らばかりこうした測定を行(・)うんや(・・・・)」と苦言を呈する生徒も出てくる。なにしろ幼稚園の時から毎年測定を繰り返し受けているものであるから、「測定は当然受けるものだ」と感じているが、「なぜ」の疑問が生じて当然である。そこで私は、「これは君たちの運命なのだよ」と答えた。「運命か、それならしゃ(・・)ない(・・)な(・)」という表情で彼はそれ以上の言葉は発しなかった。納得した様子にも見えた。本当は、もっと深い学問的な説明を受けたかったのかもしれない。
幼稚園や小学生の時の最大酸素摂取量の測定では、伴走者が呼気採集用のバッグを持ってコックの切り替えを行ってきた。しかし、中学生になると走る能力が高くなり、測定者の伴走は不可能になる。中学生の最大酸素摂取量の測定には、トレッドミル(ランニング用回転ベルト装置)を用いた(写真)。

トレッドミル追跡測定紀伊長島

グラウンドランニング法では、同時に4人を測定することができたが、トレッドミルでは、1人ずつの測定となる。1人に最低10~15分はかかるので、1日がかりの測定可能人数は20人程度である。男女20人ずつ、3学年について合計120人測定するので、紀伊長島では測定班(10名)が1週間の泊まり込みとなる。宿泊先は道瀬地区の「民宿あづま」というところで、経営者は東き(キ)よ(ヨ)さんであった。毎年の宿泊先をここに決めていたので、食事の面でもずいぶんとサービスしてもらった。厨房で働く息子さんは「母ちゃんは小林先生に甘いんだから」と言ったことがある。NHKテレビで測定の様子が放映されると、住民の皆さんの測定に対する反応も好意的になる。テレビ報道の効果に支えられて、測定がスムーズに進んだこともあり、ありがたかった。追跡測定のための科学研究費が認められなかった年には、町内の大きな民家の御好意に甘えて測定班員が無料で分宿させてもらったこともあった。
来る日も、来る日も同じ手順の繰り返しで測定を行うので、測定班のアルバイト学生の中には疲れとマンネリ化のために1分毎のダグラスバッグのコック切り替えのわずかな時間に居眠りをするものもあらわれる。気のたるみは事故や測定の失敗につながるので、測定対象となる生徒ばかりではなく、測定者の行動や手順にもしかり目配りや気配りをしなくてはならない。中学生が走るトレッドミルの速度は、最初はゆっくりした速度であるが、1分ごとに速度が10m/分ずつ上昇し、8分以後は角度1度ずつ上昇する。
中学生たちは、ランニングの後半では自分自身を追い込んで、ベルトのスピードについていけなくなる限界まで頑張る。私は、常にトレッドミルの操作をしながら、心電図や疲労の様子を観察し、中学生を限界まで頑張らせるテクニックとして、「声かけ」やいたわりの気持ちを持った励ましのまなざしをランナーに注いだ。中学生たちは、こちらの期待にこたえて、しっかりと走ってくれた。運動中の心拍数は、限界近くなると180~200拍に達する。幼児期から活発な運動を行ってきた子どもでは、ある共通的な様子が表れていた。それは、心拍数のレベルが180拍を超えるような高水準となっても、なお1~数分間の運動を継続して行うことができるということである。運動をあまり行ってこなかった子どもでは、高い心拍数の状態になるとその後の頑張りが利かない。
最高心拍数の数値は生理学的には同じであるが、運動のパフォーマンスには大きな違いがある。運動習慣の形成や運動をいとわない精神と頑張ることができる体を作り上げるには、幼児期からの教育や運動できる環境づくりが大切であるとの確信を得た。
この追跡的研究から得られた知見は、その後、文部科学省の「子どもの体力向上に関する研究プロジェクト」や「幼児期運動指針の策定プロジェクト」にも大きな影響を持つことになる。