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中高齢者の「すり足」「スプリントマシン」と大腰筋

「十坪ジム」講演会では、次のような質問が出ます。

質問:スプリントトレーニングマシンは、ランニング能力を高める「足が速くなるマシン」として開発されたと伺っていますが、「十坪ジム」では中高齢者の歩行能力改善や健康づくりに利用されています。どうして「足が速くなるマシン」を高齢者や中高年者の「歩行能力の改善」に用いようと考えたのか、その理由と正しい使い方について説明してください。

回答:スプリントトレーニングマシンは、「足が速くなるマシン」として開発されましたが、いろいろな研究を進めていくうちに、この運動動作は、2足歩行をするヒト(人)にとって、最も重要な動きの本質にかかわっているという事に気づきました。
 その機会を与えてくださったのは、静岡県知事(当時)であった石川嘉延さんで、「静岡県を日本一の健康長寿国にしたい」という目標から、私が考える「認知動作型トレーニング」の方法を静岡県でおこなうことを奨められました。

私は、(公財)しずおか健康長寿財団副理事長というポジションを与えていただき、静岡県総合健康センター(三島市)を研究拠点として、2004年から5年間にわたって高齢者の健康づくりを目的にした認知動作型トレーニングの開発と実際指導の仕事にかかわりました。
ここで、主に利用されたマシンが、「スプリントトレーニングマシン」「車軸移動式パワーバイク」「アニマルウォークマシン」「舟漕ぎマシン」です。また、「大股ストレッチマシン」「膝腰スウィングマシン」「ベッド移動式体幹深部筋強化マシン」「ベッド移動式プル動作マシン」「パワーアシスト付き舟漕ぎマシン」「パワーアシスト付き楕円軌道自転車(メリーちゃん)」「ミニ・スプリントマシン700」なども開発され、今日「十坪ジム」で利用されているマシンの多くは、静岡県総合健康センターでの研究成果を生かしたものとなっています。
このため、私は静岡県とも関係が深く、現在でも、静岡産業大学(磐田市)の客員教授として大学生の教育にかかわらせていただいています。授業科目名は「認知動作型トレーニング」です。なお、2020年現在、静岡県総合健康センターでは、認知動作型トレーニングマシンを用いた健康づくり教室を実施しており人気があります。私も10年以上継続して、年1回、講習会の講師として指導しています。
(東大駒場キャンパスにはQOMジムがあり、認知動作型トレーニングマシンが用いられ、若い学生とともに一般の中高齢者も会員となってトレーニングを行っています)

 静岡県総合健康センターでは、スプリントトレーニングマシンを用いたトレーニングは、大腰筋のトレーニングとして有効かどうかを検証することから始まりました。
2000年頃(今から20年前)には、大腰筋という筋の名前を知る人はほとんどなく、研究者の間でも、大腰筋に注目する人は少数でした。100m走に9秒79の記録を出したモーリス・グリーン選手(米)が、2000年シドニーオリンピックで9秒87で優勝、体幹深部の筋群強化が陸上界で注目され始めたという経緯があります。
 モーリス・グリーン(Mauris Greene)選手は、100mを深い前傾姿勢を保って走る走法で、骨盤を丸く前傾させた姿勢で脚を高く上げ、膝を伸ばした形で着地し、キック動作後にすぐさま脚を引き付けてすばやく前に移行する独特のスタイルでした。
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図1 モーリス・グリーン選手の走動作 (YouTubeの画像から作成)
モーリス・グリーン選手の走法は、後に100m9秒58(2009年)という驚異的な世界記録を作ったウサイン・ボルト選手の走法の基本となっているといわれています。
 
 私は、ランニング技術をカール・ルイス選手(100m9秒86 1991年)をお手本としてスプリントトレーニングマシンを開発したことは、これまでも説明してきたとおりですが、ランニング技術のついて、体幹深部筋をさらに有効に生かした形を追求した走りがモーリス・グリーン・選手やウサイン・ボルト選手です。

カール・ルイス選手のコーチは、ヒューストン大学のトム・テレツ氏で、リロイ・バレル選手(100m9秒85 1992年世界記録)、など多くの選手を育てた名コーチです。トム・テレツコーチの最も大切にする理論は、「ナチュラル(自然に)」という事です。すなわち、「自然な動き」という事を常に指導しました。カール・ルイス選手は1984年~1996年のオリンピック4大会でリレー、走幅跳を含めて、合計9個の金メダルを獲得しています。

モーリス・グリーン選手のコーチは、HSIという会社組織のクラブを立ち上げたジョン・スミス氏です。スミス理論ともいわれる理論で、100mの前半の加速には前傾姿勢を保って大腿四頭筋を使い、徐々に体を起こしながら大腿四頭筋とハムストリングスを使い、後半は、脚を高く引き付けるために腸腰筋とハムストリングスを主に働かせる、という「走りの区間に応じた筋肉の使い方」がその根幹になっています。特に腸腰筋は脚を体幹に引き付ける時に必要で、HSIの選手には、一日に500回の腹筋運動をするように指導されていたという事です。

体幹筋や体幹深部筋の大切さがスポーツ界で認識されるようになったのは、モーリス・グリーン選手に密着取材した「世界最速の秘密」というNHK番組の影響が大きかったと思います。
この頃から、日本のスポーツ選手に「体幹筋」や「大腰筋」の重要性に注目が集まるようになり、今日のように世界的レベルの日本人のスポーツ選手が数多く輩出されるようになりました。その意味で、モーリス・グリーン選手の影響は大きかったと思います。

世界一を目指すスポーツ選手では、極限までに身体能力を発揮することが求められますが、しばしばそのことは体そのものを痛めてしまう事や、障害を生じさせてしまう結果ともなりかねません。そうした意味で、体に自然な動きの中で、スポーツのパフォーマンスを高めていくという事が理想的な姿であろうと考えてきます。

スポーツ選手に限らず、一般の人たちも、体の骨格を支え、歩行や基本的な動作、運動を行うことに必要な筋肉が弱らないようにしたり、ある程度鍛えておくことは必要です。
その意味で、体力が年齢とともに低下する中高齢者にとっても、体幹や体幹深部筋をトレーニングすることには大きな意味があると考えました。

静岡県総合健康センターで、「大腰筋」トレーニング教室