この文章は、2005年体育の科学11月号に掲載されたものをもとに、2021年9月に新しく手を加えて掲載するものです。2021年現在においても、2005年に記述した概念(コンセプト)は不変であり、この16年間において認知動作型トレーニングの実践と理論が深められてきている。
なお、日本体育学会(2021年4月から、一般社団法人日本体育・スポーツ・健康学会に名称変更)の専門領域として介護福祉・健康づくり(2020年に介護予防・健康づくり専門領域に改称)がつくられ、2013年に日本介護予防・健康づくり学会も設立されました。
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体育の科学11月号特集 介護予防と運動
介護予防と運動実践 「認知動作型トレーニング」
小林寛道(東京大学大学院総合文化研究科)
はじめに
日本人の人口の4分の1が65歳以上の高齢で占められる時代が目前に迫っている。(2005年現在)。
(2021年には、人口の29%が65歳以上となり、100歳以上の人口が8万6500人と発表されている。)
高齢者人口の多い市町村では、高齢者の介護問題が大きな負担となっており、このままでは財政的に立ち行かなくなることが明白である。今日進められている町村合併の根の部分には、こうした経済構造の変化に対応できない経済力の弱い町村が、不本意ながら強いものに吸収されるという形で合併される構図によるものが少なくない。
こうした社会情勢の中で、厚生労働省では、軽度の介護が必要になった高齢者を対象に、身体機能の一段の悪化を防ぐための「予防サービス」に対して介護保険を給付して、要介護者の比率を抑え、保険財政の悪化を防ぐことを意図している。2004年からモデルケース事業を始め、結果がよければ2006年から全国に適用する方針を打ち出した。具体的には、足腰の衰えを防止するメニューが中心となるが、筋力トレーニング、転倒骨折や尿失禁の予防、などが想定されている。
このたびの介護保険の適用は、軽度の介護が必要な人を対象にしているが、保険の適用を受けないようにする介護予防の考え方が急速に浮上して来た。
すなわち、寝たきり予防や生活習慣病から生じる疾病の予防などに関する取り組みが、国のレベルで重視されるようになったということである。考えてみれば、体育関係者は、以前から中高齢者の健康増進や体力に関する研究や実践指導をおこなってきたが、それらは教育委員会の社会体育の領域の活動として位置づけられることが多かった。このたび、介護予防と言う形で厚生労働省から「運動実践の必要性」が唱えられたことは、きわめて意味するものが重いといえる。
介護予防といっても特別なものではなく、体育関係者がこれまで取り組んできた運動に関するノウハウを生かしていけばよいことなのである。しかし、低体力化した高齢者を対象にすることから、医学・医療関係者と密接な連繋をとって運動指導をおこなう必要性がある。
健康度の年齢的推移
広い意味の体力を健康度の指標と捉えた時、その年齢的推移を模式図的に図1に示した。
高齢期になって介護が必要とされるようになる過程を時間的にたどれば、若い頃からの低体力状態(ラインE)や疾病などによる急性的低体力状態(ラインC)による場合が多い。長期的に見れば、発育発達期から健康度を出来るだけ高い水準に維持することが、介護予防をはかるための最良策である。
生活習慣病を予防し、健康度を高めるには、基本的に身体活動を定期的に実践する習慣を身につけることである。このことは学校教育の基本的教育内容としてしっかりと位置づけられなければならない。図で示すラインEをたどる子どもを出来るだけ少なくすることが、もっとも大切な介護予防策であることに、もっと多くの教育関係者が気づかなければならない。教育は100年の計であると考えると、子どもの体力低下が、まず教育の重点項目として配慮されなければならない。
しかし、現実的な意味では、目先の介護予防に真剣に取り組んでいかなければならない。
自治体の現状と取り組み
高齢者の寝たきり予防や、生活習慣病の予防と改善、をはかる上で、運動を継続的に行うことの重要性が唱えられている。このことは明白であるが、市町村などの自治体では、どのように寝たきり予防や、要介護予防、高齢者の健康づくり運動を推進していくべきかについての課題を抱えているところが多い。多くの自治体レベルの健康センターや保健所での健康づくり指導の現場では、保健や公衆衛生的な視点からの健康づくりが主体となっており、実質的な運動指導を伴う健康増進活動は必ずしも効果が上がっているとはいえない。最大の問題は、本当に運動が必要な高齢者を運動する機会に引き出すことが難しく、多くの高齢者が引きこもりがちであるという現実がある。
運動しない理由はさまざまであるが、比較的近くに身近に運動できる施設があれば、運動を指導することは容易であり、運動する機会は確実に増加するはずである。地域住民の運動実践の機会を身近にする意味合いから、国の施策として各中学校区に一つ、地域の人々が運動出来る施設を設けることがすすめられることになった。
そこでは、軽い運動や筋力づくりが出来るような運動施設が作られることが理想とされている。そうした身近な運動施設が、今後多く設置されていくことになると考えられるが、その施設でどのような運動をすればよいのかといった運動の実践ノウハウが早急に作られなければならない。今求められているのは、そうした介護予防の目的に合致した運動プログラムや実践のノウハウである。
介護予防の運動のノウハウ
介護予防に関わる運動の実践では、「QOL(Quality of Life)およびADL(Ability of Daily Life)の向上」、すなわち心身の生活・行動の質的向上を図ることが目標になる。そのためには、歩行能力の改善、生活行動・動作能力の改善、健康度の改善、精神・心理状態の改善(生きがい・楽しさ)などがはかられなければならない。
高齢者が運動すること、および高齢者に「トレーニング」という概念を当てはめた活動を推奨することの背景として、適切な運動をおこなうことによって、「健康長寿(長寿の質的向上)の実現」、「老化および不活動による機能低下の予防」、「身体諸機能の活性化」、「身体活動機能の回復とトレーニングによる機能向上」、などが期待されている。
具体的には、安静と「廃用性筋萎縮」が寝たきりの原因となることから、廃用性筋萎縮を予防するための活動刺激を筋に与えることが必要である。関節を取り巻く結合組織や腱が弾力性を失うことによって生じる「拘縮」を予防するためには、ストレッチングや体操が有効である。また、精神性の廃用症候群を予防するためには、脳や身体感覚に対する新鮮な刺激を与えるような運動刺激が好ましく、身体を動かして活動できる喜びを感じ、心身の活性化や内臓の活性化が図られるような運動が望ましい。
それには、これまでのように「パワー」を中心としたフィットネス系の運動ではなく、「身体調整能力」を主眼としたトレーニング方法に転換していくことが勧められる。
前者を西洋的運動としてとらえれば、後者は東洋的運動の要素を置く含んだ運動という位置づけになる。介護予防は、単なる「筋トレ」に集約できない内容があまりにも多すぎる。
新しいトレーニングのコンセプト
これまでおこなわれてきたトレーニングの方法を、「筋や心臓・循環系などを個別的ターゲットとして、身体部分(パーツ)を特定的にトレーニングすることを意図した方法」と表現すると、今後新しく求められるトレーニングのコンセプトは、「脳を中枢とした総合的な運動神経機構を改善し、身体操作能力や身体諸器官の機能を(回復)向上させることを意図したトレーニング」であると表現することが出来る。
こうしたコンセプトに基づくトレーニングを実現させるためには、それに見合うトレーニング機器や、トレーニングの方法が工夫されていかなければならない。
ここでは、そうした取り組みの一端を紹介してみたい。
新しいタイプのトレーニング機器を含めたトレーニング方法を、「認知動作型トレーニング」と呼ぶことにした。その特徴は次のような点にある。
①運動のパフォーマンスを高める。②運動にたいする身体操作能力を高める。③効果を短期間で高めるために、「認知動作型トレーニングマシン」や体幹深部筋の有効に働かせる体操・歩行運動を組み合わせたトレーニングシステムを用いる。④運動神経回路を修正し、新しく構築する。
このような特徴を持ったトレーニングマシンの開発実施例をいくつか取り上げてみる。
認知動作型トレーニングマシンの開発実施例
1.歩行・走行動作改善トレーニングマシン(スプリントトレーニングマシン)
歩行動作の学習、歩行動作の身体バランス、歩行動作の矯正などを行なう最も基本的なトレーニングマシンである。膝と腰を一体として、同じ方向に動作させる「膝腰同側型動作」に対する運動神経支配を身につけることが、動作上達のポイントである。「膝腰同側型動作」は、大腰筋など体幹深部筋を有効に作用させるための基本的な運動動作であるが、多くの人にとってこの基本動作に対する運動神経回路があまり機能していない。トレーニングによって、誰でも楽しくこの動作を獲得できる。動作形成に対する脳の関与が大きい。このマシンを用いてランニングパフォーマンスを飛躍的に向上させる効果を持つことは、子どもからオリンピック候補選手まですでに実証済み。子どもから選手、高齢者まで利用できるという汎用性が高い。リハビリ用やシニア版を開発中。マシントレーニングによって、身体操作能力が改善され、QOLが高いレベルで獲得される。(写真1、図2)
2.車軸移動式自転車エルゴメータ(楕円軌道式自転車エルゴメータ)
ペダル回転に合わせて車軸が前後に移動するため、楕円軌道を描いたペダリングとなる。踏み込み時のみペダルに抵抗負荷がかかり、後方から前方にペダルを移動する時には無負荷となる。体重をペダルに載せた立ち漕ぎ姿勢と、自由に回転可能なハンドルを動かす時、体重をかけた脚側にハンドルを回転させてひきつける「同側型動作(ナンバ型)」動作によって、同側型動作の神経支配を学習するとともに、脚と体幹部の筋力を強化することができる。パワーアシスト型の楕円軌道式自転車エルゴメータを開発中である。(写真2)
*開発されたパワーアシスト付き多動式楕円軌道自転車(愛称:メリーちゃん)は、リハビリ目的でつくられたが、一般の人やスポーツ選手にも人気のあるトレーニングマシンとなっている。
3. 腕エルゴメータ付き車軸移動式自転車エルゴメータ
ハンドルを手で握り回転させる腕エルゴメータと車軸移動式自転車エルゴメータの組み合わせによる四肢協調型のトレーニングマシンで、腕エルゴメータだけの運動も可能である。腕エルゴメータを取り付けた支柱の角度を変化させて、体幹の前傾姿勢とると、四足動物の動きに類似するところから、別名「アニマルウォークマシン(愛称:アニマー)」と呼ばれる。
はじめは非常に難しい運動であるが、練習すると誰でも出来るようになり、面白く練習でき、その過程で四肢協調型の運動神経機構が形成されてくる。(写真3)
4.舟漕ぎトレーニングマシン(電磁ブレーキ式、または油圧式)
立位でおこなう最も基本的なトレーニングの基本運動である。あらゆる肉体労働や昔おこなわれていた生活労働なかの力仕事などを分析し、究極のトレーニング動作として着目したのが、和船漕ぎ運動である。和船漕ぎ運動のエッセンスを簡易な運動様式として作成したものが、「立位動作型舟漕ぎトレーニングマシンで、両手でハンドルを握り、アーム(艪)を前後に動かす。座位でおこなうことも可能。リハビリ用にパワーアシスト型を開発中である。(写真4)
6. ベッド移動式大腰筋トレーニングマシン
レバーアームの回転移動とベッドの移動を組み合わせたマシンで、ベッドは長軸方向に動力で水平方向に動くが、左右の傾斜を調節することが出来る。ベッドの上に仰向けに寝て、両足をレバーアームにかけ、腰を浮かす動作をおこなうと、ベッドが頭方向に水平移動し、腰を始め体幹の背部が引き伸ばされる。腰をベッドに付けるとベッドが元の位置に戻る。片脚の膝をアームにかけて、腰を伸ばす動作をする。このとき、ベッドが頭方向に移動するため、伸ばした側の腰がさらに引き伸ばされる。膝を曲げる時は、できるだけ腰を丸めて膝が胸に近づくように動作する。このとき、アームが股関節の屈曲を強めるように作用し、大腿の背面側の筋群が引き伸ばされる。ベッドの角度を変化させることにより、いろいろな股関節の外転角度で動作することが出来る。
7.ベッド移動式プル動作型体幹筋力トレーニングマシン
ベッドの上で仰向けになり、両手でレバーアームを握り、水泳で水をかく要領で、レバーアームを頭上から胸の位置まで引き込む(プル動作)。 このとき、ベッドは頭に向けた方向に移動する。次にレバーアームを胸の位置から頭上の位置に戻すが、このときベッドは足の方向に移動し、アームを握った腕や肩が引き伸ばされる。いわば、鉄棒からのぶら下がりのように腕や肩が引っ張られる感覚が生まれる。しかし、ベッドに寝ているので、引っ張られる時に体重が重りにはなっていない。筋肉の働き方からすれば、リラックスして引き伸ばされた状態から、軽く力を入れて筋肉を収縮させ、レバーアームを動かすので、もっとも無理のないしかも効果の高い筋肉収縮の様式(レングスン&ストレッチ)の形が実現する。
8. 体幹ひねりトレーニングマシン(ゴルフ動作型トレーニングマシン)
回転する円盤状のサークル台と、サークル台の回転に同期して、サークル台とは逆方向に回転する回転アーム、および回転アームに取り付けられ、サークル台の回転と同期して上下方向に移動する取手部分(ゴルフのシャフト相当部分)の組み合わせによって、体幹のひねり動作を実現させる。体幹のひねり動作は身体の柔軟性を高ねる上で効果がある。
9.大股ストレッチマシン
大きなパイプ管(直径1m)を縦に割り、下半分のカーブ状の曲面に、両足を開いて乗せ、股関節の伸展姿勢をとり、前後、左右方向にできるだけ開脚する動作を行う。このことによって、平地で行う動作とは異なった「股関節の開脚刺激」が股関節の内側部分をはじめ、骨盤部分にも伝わる。股関節の柔軟性を衰えさせないようにすることや、股関節への刺激は、全身の老化防止に有効であるばかりでなく、スポーツの選手にとっても重要な基礎体力要素である。
まとめ
これらのトレーニングマシンは、効率的に身体操作能力や運動に関する諸能力を向上させる内容となっているが、必ずしもマシンがなければトレーニングができないというものではない。体操や歩行運動がもっとも身近であるが、それらとの連関で総合的な運動の方法が組み立てられることが実効性を高める上で有効であろう。
なお、日本体育学会(2021年4月から、一般社団法人日本体育・スポーツ・健康学会に名称変更)の専門領域として介護福祉・健康づくり(2020年に介護予防・健康づくり専門領域に改称)がつくられ、2013年に日本介護予防・健康づくり学会も設立されました。
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体育の科学11月号特集 介護予防と運動
介護予防と運動実践 「認知動作型トレーニング」
小林寛道(東京大学大学院総合文化研究科)
はじめに
日本人の人口の4分の1が65歳以上の高齢で占められる時代が目前に迫っている。(2005年現在)。
(2021年には、人口の29%が65歳以上となり、100歳以上の人口が8万6500人と発表されている。)
高齢者人口の多い市町村では、高齢者の介護問題が大きな負担となっており、このままでは財政的に立ち行かなくなることが明白である。今日進められている町村合併の根の部分には、こうした経済構造の変化に対応できない経済力の弱い町村が、不本意ながら強いものに吸収されるという形で合併される構図によるものが少なくない。
こうした社会情勢の中で、厚生労働省では、軽度の介護が必要になった高齢者を対象に、身体機能の一段の悪化を防ぐための「予防サービス」に対して介護保険を給付して、要介護者の比率を抑え、保険財政の悪化を防ぐことを意図している。2004年からモデルケース事業を始め、結果がよければ2006年から全国に適用する方針を打ち出した。具体的には、足腰の衰えを防止するメニューが中心となるが、筋力トレーニング、転倒骨折や尿失禁の予防、などが想定されている。
このたびの介護保険の適用は、軽度の介護が必要な人を対象にしているが、保険の適用を受けないようにする介護予防の考え方が急速に浮上して来た。
すなわち、寝たきり予防や生活習慣病から生じる疾病の予防などに関する取り組みが、国のレベルで重視されるようになったということである。考えてみれば、体育関係者は、以前から中高齢者の健康増進や体力に関する研究や実践指導をおこなってきたが、それらは教育委員会の社会体育の領域の活動として位置づけられることが多かった。このたび、介護予防と言う形で厚生労働省から「運動実践の必要性」が唱えられたことは、きわめて意味するものが重いといえる。
介護予防といっても特別なものではなく、体育関係者がこれまで取り組んできた運動に関するノウハウを生かしていけばよいことなのである。しかし、低体力化した高齢者を対象にすることから、医学・医療関係者と密接な連繋をとって運動指導をおこなう必要性がある。
健康度の年齢的推移
広い意味の体力を健康度の指標と捉えた時、その年齢的推移を模式図的に図1に示した。
高齢期になって介護が必要とされるようになる過程を時間的にたどれば、若い頃からの低体力状態(ラインE)や疾病などによる急性的低体力状態(ラインC)による場合が多い。長期的に見れば、発育発達期から健康度を出来るだけ高い水準に維持することが、介護予防をはかるための最良策である。
生活習慣病を予防し、健康度を高めるには、基本的に身体活動を定期的に実践する習慣を身につけることである。このことは学校教育の基本的教育内容としてしっかりと位置づけられなければならない。図で示すラインEをたどる子どもを出来るだけ少なくすることが、もっとも大切な介護予防策であることに、もっと多くの教育関係者が気づかなければならない。教育は100年の計であると考えると、子どもの体力低下が、まず教育の重点項目として配慮されなければならない。
しかし、現実的な意味では、目先の介護予防に真剣に取り組んでいかなければならない。
自治体の現状と取り組み
高齢者の寝たきり予防や、生活習慣病の予防と改善、をはかる上で、運動を継続的に行うことの重要性が唱えられている。このことは明白であるが、市町村などの自治体では、どのように寝たきり予防や、要介護予防、高齢者の健康づくり運動を推進していくべきかについての課題を抱えているところが多い。多くの自治体レベルの健康センターや保健所での健康づくり指導の現場では、保健や公衆衛生的な視点からの健康づくりが主体となっており、実質的な運動指導を伴う健康増進活動は必ずしも効果が上がっているとはいえない。最大の問題は、本当に運動が必要な高齢者を運動する機会に引き出すことが難しく、多くの高齢者が引きこもりがちであるという現実がある。
運動しない理由はさまざまであるが、比較的近くに身近に運動できる施設があれば、運動を指導することは容易であり、運動する機会は確実に増加するはずである。地域住民の運動実践の機会を身近にする意味合いから、国の施策として各中学校区に一つ、地域の人々が運動出来る施設を設けることがすすめられることになった。
そこでは、軽い運動や筋力づくりが出来るような運動施設が作られることが理想とされている。そうした身近な運動施設が、今後多く設置されていくことになると考えられるが、その施設でどのような運動をすればよいのかといった運動の実践ノウハウが早急に作られなければならない。今求められているのは、そうした介護予防の目的に合致した運動プログラムや実践のノウハウである。
介護予防の運動のノウハウ
介護予防に関わる運動の実践では、「QOL(Quality of Life)およびADL(Ability of Daily Life)の向上」、すなわち心身の生活・行動の質的向上を図ることが目標になる。そのためには、歩行能力の改善、生活行動・動作能力の改善、健康度の改善、精神・心理状態の改善(生きがい・楽しさ)などがはかられなければならない。
高齢者が運動すること、および高齢者に「トレーニング」という概念を当てはめた活動を推奨することの背景として、適切な運動をおこなうことによって、「健康長寿(長寿の質的向上)の実現」、「老化および不活動による機能低下の予防」、「身体諸機能の活性化」、「身体活動機能の回復とトレーニングによる機能向上」、などが期待されている。
具体的には、安静と「廃用性筋萎縮」が寝たきりの原因となることから、廃用性筋萎縮を予防するための活動刺激を筋に与えることが必要である。関節を取り巻く結合組織や腱が弾力性を失うことによって生じる「拘縮」を予防するためには、ストレッチングや体操が有効である。また、精神性の廃用症候群を予防するためには、脳や身体感覚に対する新鮮な刺激を与えるような運動刺激が好ましく、身体を動かして活動できる喜びを感じ、心身の活性化や内臓の活性化が図られるような運動が望ましい。
それには、これまでのように「パワー」を中心としたフィットネス系の運動ではなく、「身体調整能力」を主眼としたトレーニング方法に転換していくことが勧められる。
前者を西洋的運動としてとらえれば、後者は東洋的運動の要素を置く含んだ運動という位置づけになる。介護予防は、単なる「筋トレ」に集約できない内容があまりにも多すぎる。
新しいトレーニングのコンセプト
これまでおこなわれてきたトレーニングの方法を、「筋や心臓・循環系などを個別的ターゲットとして、身体部分(パーツ)を特定的にトレーニングすることを意図した方法」と表現すると、今後新しく求められるトレーニングのコンセプトは、「脳を中枢とした総合的な運動神経機構を改善し、身体操作能力や身体諸器官の機能を(回復)向上させることを意図したトレーニング」であると表現することが出来る。
こうしたコンセプトに基づくトレーニングを実現させるためには、それに見合うトレーニング機器や、トレーニングの方法が工夫されていかなければならない。
ここでは、そうした取り組みの一端を紹介してみたい。
新しいタイプのトレーニング機器を含めたトレーニング方法を、「認知動作型トレーニング」と呼ぶことにした。その特徴は次のような点にある。
①運動のパフォーマンスを高める。②運動にたいする身体操作能力を高める。③効果を短期間で高めるために、「認知動作型トレーニングマシン」や体幹深部筋の有効に働かせる体操・歩行運動を組み合わせたトレーニングシステムを用いる。④運動神経回路を修正し、新しく構築する。
このような特徴を持ったトレーニングマシンの開発実施例をいくつか取り上げてみる。
認知動作型トレーニングマシンの開発実施例
1.歩行・走行動作改善トレーニングマシン(スプリントトレーニングマシン)
歩行動作の学習、歩行動作の身体バランス、歩行動作の矯正などを行なう最も基本的なトレーニングマシンである。膝と腰を一体として、同じ方向に動作させる「膝腰同側型動作」に対する運動神経支配を身につけることが、動作上達のポイントである。「膝腰同側型動作」は、大腰筋など体幹深部筋を有効に作用させるための基本的な運動動作であるが、多くの人にとってこの基本動作に対する運動神経回路があまり機能していない。トレーニングによって、誰でも楽しくこの動作を獲得できる。動作形成に対する脳の関与が大きい。このマシンを用いてランニングパフォーマンスを飛躍的に向上させる効果を持つことは、子どもからオリンピック候補選手まですでに実証済み。子どもから選手、高齢者まで利用できるという汎用性が高い。リハビリ用やシニア版を開発中。マシントレーニングによって、身体操作能力が改善され、QOLが高いレベルで獲得される。(写真1、図2)
2.車軸移動式自転車エルゴメータ(楕円軌道式自転車エルゴメータ)
ペダル回転に合わせて車軸が前後に移動するため、楕円軌道を描いたペダリングとなる。踏み込み時のみペダルに抵抗負荷がかかり、後方から前方にペダルを移動する時には無負荷となる。体重をペダルに載せた立ち漕ぎ姿勢と、自由に回転可能なハンドルを動かす時、体重をかけた脚側にハンドルを回転させてひきつける「同側型動作(ナンバ型)」動作によって、同側型動作の神経支配を学習するとともに、脚と体幹部の筋力を強化することができる。パワーアシスト型の楕円軌道式自転車エルゴメータを開発中である。(写真2)
*開発されたパワーアシスト付き多動式楕円軌道自転車(愛称:メリーちゃん)は、リハビリ目的でつくられたが、一般の人やスポーツ選手にも人気のあるトレーニングマシンとなっている。
3. 腕エルゴメータ付き車軸移動式自転車エルゴメータ
ハンドルを手で握り回転させる腕エルゴメータと車軸移動式自転車エルゴメータの組み合わせによる四肢協調型のトレーニングマシンで、腕エルゴメータだけの運動も可能である。腕エルゴメータを取り付けた支柱の角度を変化させて、体幹の前傾姿勢とると、四足動物の動きに類似するところから、別名「アニマルウォークマシン(愛称:アニマー)」と呼ばれる。
はじめは非常に難しい運動であるが、練習すると誰でも出来るようになり、面白く練習でき、その過程で四肢協調型の運動神経機構が形成されてくる。(写真3)
4.舟漕ぎトレーニングマシン(電磁ブレーキ式、または油圧式)
立位でおこなう最も基本的なトレーニングの基本運動である。あらゆる肉体労働や昔おこなわれていた生活労働なかの力仕事などを分析し、究極のトレーニング動作として着目したのが、和船漕ぎ運動である。和船漕ぎ運動のエッセンスを簡易な運動様式として作成したものが、「立位動作型舟漕ぎトレーニングマシンで、両手でハンドルを握り、アーム(艪)を前後に動かす。座位でおこなうことも可能。リハビリ用にパワーアシスト型を開発中である。(写真4)
5.立位動作型体幹深部筋力トレーニングマシン(脚・腰スウィング動作型筋力強化マシン)
立位姿勢で、脚の大腿部を前側と後側からパットの付いたアームで押さえ、アームをスィングするように、片方の脚と腰を同側型動作として振り上げたり、振り下ろしたりする。はじめは小さな運動範囲で良いが、トレーニングによってスィング動作を大きくする。スウィングアームには適度な抵抗負荷がかかっている。スウィングアームの回転軸はトレーニングする人のみぞおちの高さにあり、移動式台車に取り付けられている。アームが前方にスウィングされた時、アーム回転軸を取り付けた移動台車が後方に移動し、アームが後方にスウィングされれば、移動台車が前方に移動するという構造になっている。この移動台車の動きによって、股関節周りの筋群が大きな動作範囲で活動することが出来、大腰筋をはじめとする体幹深部筋や臀部、腰部、脚部の筋群を有効にトレーニングすることができる。スポーツでは、サッカーのボールキック、空手の後ろ蹴りなどの動作に類似している。
前後方向への脚・腰スウィング動作
横方向へのスウィング動作
6. ベッド移動式大腰筋トレーニングマシン
レバーアームの回転移動とベッドの移動を組み合わせたマシンで、ベッドは長軸方向に動力で水平方向に動くが、左右の傾斜を調節することが出来る。ベッドの上に仰向けに寝て、両足をレバーアームにかけ、腰を浮かす動作をおこなうと、ベッドが頭方向に水平移動し、腰を始め体幹の背部が引き伸ばされる。腰をベッドに付けるとベッドが元の位置に戻る。片脚の膝をアームにかけて、腰を伸ばす動作をする。このとき、ベッドが頭方向に移動するため、伸ばした側の腰がさらに引き伸ばされる。膝を曲げる時は、できるだけ腰を丸めて膝が胸に近づくように動作する。このとき、アームが股関節の屈曲を強めるように作用し、大腿の背面側の筋群が引き伸ばされる。ベッドの角度を変化させることにより、いろいろな股関節の外転角度で動作することが出来る。
7.ベッド移動式プル動作型体幹筋力トレーニングマシン
ベッドの上で仰向けになり、両手でレバーアームを握り、水泳で水をかく要領で、レバーアームを頭上から胸の位置まで引き込む(プル動作)。 このとき、ベッドは頭に向けた方向に移動する。次にレバーアームを胸の位置から頭上の位置に戻すが、このときベッドは足の方向に移動し、アームを握った腕や肩が引き伸ばされる。いわば、鉄棒からのぶら下がりのように腕や肩が引っ張られる感覚が生まれる。しかし、ベッドに寝ているので、引っ張られる時に体重が重りにはなっていない。筋肉の働き方からすれば、リラックスして引き伸ばされた状態から、軽く力を入れて筋肉を収縮させ、レバーアームを動かすので、もっとも無理のないしかも効果の高い筋肉収縮の様式(レングスン&ストレッチ)の形が実現する。
8. 体幹ひねりトレーニングマシン(ゴルフ動作型トレーニングマシン)
回転する円盤状のサークル台と、サークル台の回転に同期して、サークル台とは逆方向に回転する回転アーム、および回転アームに取り付けられ、サークル台の回転と同期して上下方向に移動する取手部分(ゴルフのシャフト相当部分)の組み合わせによって、体幹のひねり動作を実現させる。体幹のひねり動作は身体の柔軟性を高ねる上で効果がある。
9.大股ストレッチマシン
大きなパイプ管(直径1m)を縦に割り、下半分のカーブ状の曲面に、両足を開いて乗せ、股関節の伸展姿勢をとり、前後、左右方向にできるだけ開脚する動作を行う。このことによって、平地で行う動作とは異なった「股関節の開脚刺激」が股関節の内側部分をはじめ、骨盤部分にも伝わる。股関節の柔軟性を衰えさせないようにすることや、股関節への刺激は、全身の老化防止に有効であるばかりでなく、スポーツの選手にとっても重要な基礎体力要素である。
大股ストレッチマシン段々つきタイプ
大股ストレッチマシン東大駒場タイプ
まとめ
これらのトレーニングマシンは、効率的に身体操作能力や運動に関する諸能力を向上させる内容となっているが、必ずしもマシンがなければトレーニングができないというものではない。体操や歩行運動がもっとも身近であるが、それらとの連関で総合的な運動の方法が組み立てられることが実効性を高める上で有効であろう。