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第4回筋肥大 第5回静的ストレッチング

第4回

6.筋肥大 <コステル> <サルティン>

筋肉が太くなることを筋肥大(ハイパートロフィー)という。大学に入学したてのひょろひょろの新入生が筋力トレーニングを開始し、夏休み近くになると、それぞれに筋肉質なたくましい身体に変身していく。しかし、同じようなトレーニングメニューであるにも関わらず、筋肥大の程度には著しい個人差が見られた。トレーニングによって、比較的早く筋肉が太くなる人と、太くなりにくい人がいるようであった。その違いは、おそらく体質や栄養の取り方によるものであろうと考えられていたが、実際には筋肉を構成する筋線維の特質による要素が大きいことが明らかになってきた。
筋肉は、筋線維の束から構成されているが、太い線維と、細い線維の2種類が入り混じった構造になっている。太い線維は速筋線維、細い線維は遅筋線維に分類される。多くの人では、速筋線維と遅筋線維の数の割合は、ほぼ半々であるが、人によっては速筋線維の数の割合が多い人がいる。速筋線維は爆発的な筋力発揮の際に率先して働くので、優れた短距離選手やパワー発揮系のスポーツに優れた人では、速筋線維の割合が多い。一方、持久的なスポーツに優れている人では遅筋線維の数の割合が多いとされている。
スポーツ選手の筋線維の構成は、実際に選手の筋肉に大きな針を刺して一部を切り取ってくるバイオプシー(生検)と呼ばれる方法によって明らかになったもので、アメリカのコステル博士やスウェーデンのサルティン博士らが次々とバイオプシーデータを発表し、1970年代には運動生理学の分野で世界的な名声を博した。
こうした知識を前提にして、筋力トレーニングの効果をみてみると、速筋線維の割合が多い人では、肥大した筋肉の持ち主になりやすく、遅筋線維の割合の多い人は、筋肉に目立った肥大が生じにくいという特徴を理解できる。歴代の優れたボディビルダーやウェイトリフティングの選手は、速筋線維の発達した人たちであるといえよう。男性が女性に比較して、筋肉質でパワー発揮能力が高いのは、速筋線維が発達しているためである。速筋線維は、思春期発育期からの発達が顕著なので、男性ホルモンの働きと関係しているようである。
若い時に男らしく発達した筋肉を構成する速筋線維は、年をとって高齢期になると、遅筋線維よりも早く衰えを示すようになる。筋肉は張りを失い、筋線維が細くなり、数も少なくなってくる。これを速筋線維の「選択的萎縮」とよぶが、若い時に筋肉隆々のマッチョ型好男子も70歳を超えるようになると、筋肉の衰えが目立つようになる。筋肉質の男性が速筋線維の選択的萎縮を予防し、それなりの勇姿を保つためには、高齢期になっても速筋線維を養うための筋トレを継続する必要がある。
一方、遅筋線維のほうは、日常的に姿勢保持や生活をおくる上でよく使われていることから、加齢に伴う衰えの割合は速筋線維に比較してゆっくりとしている。高齢のマスターズスポーツ・チャンピオンの筋肉の組成を調べてみると、そのほとんどが遅筋線維であるという報告がある。
多くの西欧型スポーツでは、短時間に強い爆発力を発揮できるほうが有利な種目が多いから、遅筋線維の割合が多い人では、若い時に爆発力を必要とするスポーツでチャンピオンになることは難しい。ところが、歳をとってからは、遅筋線維の割合が多い人が多くのスポーツ種目で優位となる。なぜなら、速筋線維が衰えた往年のチャンピオンでは、パワー発揮能力が衰え、持久力もなくなっているからである。遅咲きのチャンピオンになれるのは、遅筋線維のおかげである。しかし、遅筋線維の衰えを防ぐためには、それなりのトレーニングを続ける努力も必要である。

ところで、速筋線維と遅筋線維の性質を調べてみると、遅筋線維は姿勢を保持するなど、人間の日常的な活動に持続的に働き、地球の重力に対して身体を支える「抗重力筋」の役割を持っている。宇宙のように無重力の世界にいくと、まず、遅筋線維から衰えてくる。重力に抗して、身体を支える必要がないからである。
遅筋線維は、抗重力筋であるから、地球上でも寝た姿勢を長く続けると衰えてしまう。運動不足の影響を強く受けるのは遅筋線維のほうである。遅筋線維をしっかりと鍛えておくと、高齢になっても活動力が失われにくい。無重力状態の実験モデルによって、遅筋線維に引き伸ばされる刺激が与えられると萎縮が予防されることが分かった。筋を引き延ばすストレッチ運動は、遅筋線維の老化を防ぐことに効果がある。

第5回

7.静的ストレッチング <ボブ・アンダーソン> 

筋肉や腱を引き延ばす運動はストレッチングとして一般に普及している。ストレッチングは、身体の柔軟性を増したり、スポーツをする前の障害の予防やリハビリテーションにおいても広く用いられている。ストレッチングの方法として、反動動作を用いずに筋や腱を引き延ばした状態で数秒から数十秒間じっとしている静的ストレッチングを流行させてのは、アメリカのボブ・アンダーソンである。
1975年に自費出版したテキストがアメリカの1980年に大手出版社から「ストレッチング」というタイトルで出版されて、世界的に急速に普及した。画家である彼の奥さんが描いたストレッチングポーズがよく描けており、人気をよんだ。ボブをモデルにした毛糸の帽子をかぶって、気負いの無いポーズをとったモデルの姿は、アメリカ社会の束縛から脱するヒッピーの思想ともマッチングした部分があるように思われた。1982年に名古屋YMCAが招待したボブ・アンダーソンの講習会の折り、私も彼を囲んだ夕食会に出席した。10名ほどの出席者であったので、彼と充分話をすることが出来た。彼は元来無口なタイプで、一般社会でバリバリ仕事をこなすタイプではなく、人里はなれて静かに暮らすことを好むタイプのようであった。彼の表現したストレッチングとは、静的ストレッチングと呼ばれるもので、この手法はすでに東洋のヨーガや日本の体操選手たちに用いられている方法である。しかし、イラスト画を用いてさまざまなバリエーションのあるポーズをシステム化した点では、彼のオリジナリティーがあったというべきであろう。私はボブに「あなたはヨーガを学んだことがあるか。あなたのストレッチングにヨーガの要素がどの程度影響されているか」と質問した。
彼は、「ヨーガのことはまったく知らない。自分は気持ちが良いからこのポーズをとっているので、<ストレッチングフィーリング>を楽しんでいるだけだ。」と答えた。ヨーガを知っていると答えたならば、延々とヨーガとの関連性に関する議論に入らざるを得ない。そうした議論には一切かかわりたくないということから「知らない」の一言は、ある意味で便利な態度である。

ストレッチングに関する書籍は次々と出版され、「ストレッチ体操」「デイリーストレッチ体操(安田矩明、小栗達也、勝亦紘一著 大修館書店)、「ストレッチング」(小林義雄、竹内伸也著 講談社)、「ボブアンダーソンのストレッチング」(堀居 昭訳 ブックハウスHD)などが出版され、ストレッチ体操は、スポーツ関係で空前の大ベストセラーになった。
学校での教材にもストレッチングが取り入れられ、子どもたちは、反動をつけたストレッチングはいけない。反動をつけると筋や腱が傷ついてしまうと実際に信じ込んでしまった。

8.駒場グラウンドのストレッチング風景

私は、1986年に名古屋大学から東京大学教養学部の助教授に転任した。久々に駒場の第1グラウンド(陸上競技場)に出てみると、学生たちは、静的ストレッチングに余念が無かった。OB組織から依頼されて東大の陸上運動部の監督に就任したが、忙しい公務の傍ら、寸暇を惜しんでグラウンドに顔を出すと、集合時間の挨拶を終えると部員たちは、グラウンドに座り込んで、入念なストレッチングに取り組む。そうした習慣になれないわれわれの世代の人間には、ストレッチングか終了するまでかなりな忍耐力を持ってその儀式の終了を待たなければならない。アメリカの一流選手の様子を見ても、グラウンドに出てきて長々とストレッチングを行っている姿など見たことは無い。アメリカでは、ある意味で、個人レベルで済ませてグラウンドに来るのであろう。それにしてもあの長々としたストレッチ行為をやめるようにいっても、「それを行わなくて怪我をしたらどうするのですか」という論理を張ってくる。学校での教え込みとは恐ろしいものである。
 ダラダラとしたストレッチを長々と行うことは、筋が弛緩してしまい、ピリッとした動作が出来なくなってしまう。強いパワー発揮能力が失われてしまうのである。しかし、徐々に学生たちの様子を見ていると、そうしたストレッチングを行いながら、グラウンドでリラックスをして、会話を楽しんでいる様子も見えており、「強い選手を作るぞ!」といった勢い込んだ監督の姿勢は必ずしも適するものではないことも学んだ。
痛みを伴うようなオーバーストレッチングは、筋や腱の断裂を引き起こすので、無理なストレッチは行ってはいけない。筋が引き伸ばされるときにはリラックスしていなければならないと教えられている。

ところで、筋肉は、収縮することによって力を発揮することが出来る。筋肉の両端の付着点が近づく形での筋力発揮は、短縮性収縮(コンセントリック)、付着点の距離が変わらない場合を等尺性収縮(アイソメトリック)、付着点が互いに離れて、筋が引き伸ばされるようかたちで筋力発揮される場合を伸張性収縮(エクセントリック)と呼んでいる。通常の生活では、短縮性収縮が普通であり、筋肉痛も起こりにくい。等尺性収縮は、物を握り続けたり、買い物で前腕に荷物を抱えたり下げたりする場合に働く固定的な筋力発揮である。伸張性収縮は、強い力で引っ張られるときに、その力に負けながらも力を発揮する場合である。たとえば、ジャンプして着地し、再びジャンプする場合などには、ふくらはぎや太ももの筋肉が引き伸ばされながら身体を支えようとする。
筋肉が引き伸ばされながら、エクセントリックな筋力発揮をする場合に、ストレッチングは、障害を受けにくくする予防的な機能を持つと考えられる。