十坪QOMジムの技術解説編
十坪ジムやQOMジムには、スプリントトレーニングマシンが設置してあります。このマシンは、認知動作型トレーニングマシンを代表するマシンですが、その原理や利用技術が難しいと感じる人が多いようです。
これまでにいろいろな疑問を持つ人や、技術の本質を理解しにくいという人もいるので、その要点を解説することにしました。
質問1.スプリントマシンは、自転車漕ぎのような「ペダル回転運動」と、ペダルアームの軸位置が前後に移動する「水平移動運動」の組み合わせで成り立っていると説明されていますが、どうしてその組み合わせが、ランニング動作の改善につながっているのですか?
回答1.
ランニングの技術は人それぞれですが、癖のあるランニングフォームで走る人や、スムーズで滑らかな美しいフォームでスピードが出ている人、癖のある特徴的なフォームでランニング記録に優れている人、などいろいろです。それ故に、何が正しいランニングフォームであるかということを限定することができず、「強いランナー」をお手本にすることが一般的です。
また、その人の練習法なども取り入れようとすることが行われています。
私にとって、ランニング技術のお手本は、カール・ルイス選手です。カール・ルイス選手は、1991年世界陸上東京大会で、100m走9秒86の世界記録(当時)を樹立しました。日本記録が桐生選手の9秒98、サニブラウン選手の9秒97と9秒台で盛り上がっていますが、それよりも20数年前にカール・ルイス選手は、9秒86という記録で走っているのです。
私はカールルイス選手の優れたランニング技術の中に秘められた強さの秘訣というものを解き明かそうと研究を行い、その強さの秘訣が、骨盤や腰部など、体幹深部に存在する強力な体幹深部筋群の有効利用法にあるのではないかと考えました。そして、それらの深部筋群(インナーマッスル)を使うためのトレーニング方法を考えついたわけです。それがスプリントトレーニングマシンを用いる方法です。もちろん、このマシンを用いなくても体幹深部筋を強化する方法は工夫されているので、それはそれでよいのですが、このマシンから、動きの原理を理解し、その原理が活用されることは有効だと思います。
図1カール・ルイス選手の脚の運び
図1は、1991年にカール・ルイス選手が世界陸上東京大会で100m走9秒86の世界記録を樹立した時の脚の運びを示した図です。
この図は、ビデオカメラを10台以上コースの横(観客席スペース)に並べて、選手がカメラの前を横切った時の画像を分析し、体の測定部位の位置関係をとらえています。
図1は、それぞれのカメラがとらえた画像の足のくるぶしの位置、膝の位置、の変化を骨盤の大転子の位置を原点としてグラフ上に重ね合わせて描いたものです。
数学的には、大転子の位置を原点として、膝の位置とくるぶしの位置の変化をとらえたグラフということになります。
図2 X-Y軸の座標の原点として、大転子の位置を固定した場合について、膝と足首の位置変化を、最もスピードが出た50~60m付近の片脚の一回転について示した図です。
図2B (小林2001より)
ここで注意しなければならないことは、大転子の位置を原点としたので、「大転子の位置が動かない」として描いてあることです。つまり、腰の位置が動かないとした場合の脚の相対的な動きを現した図ということになります。
図3 大転子の位置
カール・ルイス選手の脚の動きの軌跡図(図1,2)では、地面をけり上げた足が円形を描いて前方に運ばれ、つま先が前方に振り出される様子を描いた後に、鋭く手前に引き戻されて着地し、キック動作に連続している様子が見てとれます。カール・ルイス選手のくるぶしの動きの軌跡は、歩幅が広いだけあって前後幅が広い様子を示しています。
こうしたランニング中の足首(くるぶし)や膝の動きについて、大学選手や100m走を11秒台で走る選手の場合と比較したところ、このような動作分析図からは、あまり大きな差がみられないということがわかりました。
実際の走動作をビデオ観察した結果では、カール・ルイス選手は、着地時やキック時にも膝をやや曲げたままで脚全体を大きくすばやく動かしている様子が見られ、足首の角度をあまり大きく変化させていないなどの特徴がみられました。
このことは、カール・ルイス選手は、足首や膝の屈曲伸展力を利用したキック動作を用いるのではなく、いかにすばやく脚(下肢)全体を回転させるかということに意識が集中されている様子が観察されました。ビデオ分析の結果から、カール・ルイス選手の着地直前の前脚の手前方向への移動速度は、ほかの選手と比較してすばやい特徴があります。
図4 ランニング動作と主働筋
カール・ルイス選手の走技術を図4では、Ⅲ型として表しました。
走路が土であった時代には、強いキック力を地面に与えるように、大腿を高く引き上げ(もも上げ動作)、地面を強く叩きつけるような動作とともに、足首のキック力を高めるトレーニングが重視されました(Ⅰ型)。全天候走路になってからは、走路の弾力性を生かした脚の運びをする技術が工夫され、大腿背面のハムストリングスの強化が重要視されるようになりました(Ⅱ型)。ハムストリングスが弱いと大腿背面の肉離れが生じやすく、大腿四頭筋(大腿前面)とハムストリンクス(大腿背面)の強さのバランスが大切であることが認識されるようになりました。
カール・ルイス選手や、その後に世界記録を更新したリロイ・バレル選手、モーリス・グリーン選手などが優れた記録を出すようになった要因として、体幹深部筋を有効活用したランニング技術(Ⅲ型)が注目されるようになりました。
カール・ルイス選手の走技術の基本をあれこれ思案しているうちに、カール・ルイス選手は、人間が最も効率的に速く走れる動作原理を用いているのではないかと考えるようになりました。地上で最も速く移動できる原理は、滑ることと回転することです。特に電車の車輪や車のタイヤは円の形が回転することによって、効率よく移動速度を高めています。
人間の移動で脚を円形に動かす運動は、自転車のペダリングです。自転車のペダリング動作とランニング動作との違いは、自転車の回転運動では、ペダルアームを取り付けた軸の位置が変化しないので、その場での脚の回転運動になっており、ランニングに必要な「歩幅」がないということになります。
そこで、ペダリングのような「脚の回転運動」と「歩幅が生じるような動き」を組み合わせれば、理想的な移動運動が成り立つのではないかと考えました。
「歩幅が生じるような動き」とは、「歩幅に相当する距離を滑る」ということになります。
この「滑る」動きは、ペダルアームを取り付けた回転軸の位置を「滑る」ように移動させれば、「滑りながらペダルを回転させる」という動作が成り立ちます。
そこで、「ペダルの回転動作」を「滑り動作」と組み合わせて行うマシンという考え方が生まれました。
図5 最も速い移動速度が得られるのは、車輪やタイヤの回転運動であり、円形の回転運動を脚の運びで生み出すことが理想的である。
図6 カール・ルイス選手のくるぶしの動きの軌跡と円形との関係
図6で、カール・ルイス選手のくるぶしの軌跡と円形の移動を重ね合わせるようにしてみると、円形とうまく一致する部分と、一致しにくい部分があることがわかります。円形の周りを大きくくるぶしが移動すれば、楕円の軌道を描くことになります。しかし、カール・ルイス選手のくるぶしの軌跡は、楕円軌道とはやや異なっているように見えます。異なる部分は、脚を前方に移動させるときに生じていることが明らかです。
しかし、ペダルアームの軸を移動させながらペダルを回転させることによって、カール・ルイス選手の足の動きの軌跡をなぞることも可能であることが見えてきました。
実際に開発されたスプリントトレーニングマシンで、足の動きをとらえてみると、図7、8のようになります。
図7 スプリントマシンでの足の移動軌跡A
図7は、スプリントトレーニングマシンで前足が狭い歩幅のうちに着地動作に入ってしまう場合です。
図8 スプリントマシンでの足の移動軌跡B
図8は、スプリントトレーニングマシンで、脚が前方で高い位置に保たれながら着地動作に入る楕円軌道型の脚回転動作です。(熟練者)
図7のような足の移動軌跡を描く人は非常に多くいます。初心者では、さらに歩幅が狭いうちに着地動作に入ってしまい、ペダルアームの回転軸の滑り距離(歩幅)を十分生かすことができません。
実際のスプリントトレーニングマシンでは、歩幅に相当する距離を「滑り」で得られるように、ペダルアームを取り付けた小型の移動台車を作り、この移動台車をスムーズにモーターで設定距離だけ自動的に前方および後方へ繰り返し移動するようになっており、左右脚がそれぞれ逆方向に移動するように作られています。
移動距離(歩幅)は、30~100㎝の範囲内で調節することができ、移動速度(「滑りの速さ」)は秒速25~100㎝の範囲で調節できますが、通常のトレーニングでは、歩幅65~70㎝、速度35~50㎝/秒 の設定で行っています。
ここで問題となるのは、実際にスプリントトレーニングマシンでトレーニングを行ってみると、初心者や中級者では、図7のような動きであるに対して、図8のような楕円軌道に近い足の運びを行った方が、明らかにトレーニング効果が大きく、ランニングの記録向上が著しいという結果が得られているということです。
ここからが問題の本質になるわけです。図7は、カール・ルイス選手の足の移動軌跡に近いにもかかわらず、なぜ図8のように楕円軌道を描くように足を移動させた方が競技成績が向上するのか、ということです。
その答えは、カール・ルイス選手の脚の移動軌跡を図示するときに、大転子を原点とした座標軸のうえで、大転子が動かないという前提のもとに足の移動軌跡が描かれていることにありました。
このことは、動きを2次元座標で表現しようとする場合に、科学者が陥りやすい部分で、必ず動かない原点を基準点として設定し、原点に対する座標軸で動きを表現せざるを得ないという科学的手法上の問題でもあったわけです。
このことは、非常に重要なことで、実際は大転子が動いているにもかかわらず、動かないものとして、カール・ルイス選手の脚の動きを図示していたことになります。
そこで、図8のように、楕円軌道を描くように足を動かすときには、必ず大転子も大きく動かす必要があり、大転子(正確には骨盤)の動きを伴わなければ、楕円形に近い足の動きを生み出すことができないということも明らかになりました。
図9は、そのことを表すために、大転子の移動の軌跡を示しています。
図9 楕円軌道を描く際の大転子の移動軌跡
実際のランニングでは、足首の軌跡は楕円形を描いているわけではなく、大転子が固定したような足首の動きの軌跡を描く人が一般的です。しかし、体幹部や骨盤内部の深部筋をランニングに有効活用するためには、足が楕円軌跡を描くように脚部や骨盤の動きを身に着け、トレーニングすることが必要です。
図10に、ランニング動作で、骨盤を動かさない場合(A)と、骨盤の動きを伴った場合(B)の比較を図示しましたが、股関節や骨盤の動きは、もっと複雑で立体的な円型や螺旋形を描くことを基本としたものになっています。
図10 ランニング動作における骨盤の動きの比較
大腿骨の骨頭は骨盤にはまる形で、股関節を形成しています。大転子は体の外側から股関節位置の出っ張りのような感じで触れることができ、大腿骨と骨盤の動きを知るうえで便利な位置にあります。
図10に示したように、大転子の移動は、骨盤の動きを伴うものであり、楕円軌道の動きをするためには、股関節や骨盤の動きが極めて重要なカギを握ることになります。
そこで、股関節や骨盤の動きにかかわる筋群について、その名称をあげて図示するので、これから先の説明内容を理解するうえで役立ててほしいと思います。
骨盤の内側から骨盤と大腿骨を結び付けている筋肉が腸骨筋で、大腰筋はさらに腰椎と大腿骨を結んでいる大きな筋肉です。股関節を介して骨盤と大腿骨を結んでいるのが深層外旋六筋(梨状筋、方形筋、外閉鎖筋、内閉鎖筋、上双子筋、下双子筋)、殿筋(小殿筋、中殿筋、大殿筋))、大腿直筋、および内転筋(大内転筋、長内転筋、短内転筋)です。
図11 骨盤と大腿骨を結ぶ深部筋群
図12 骨盤と大腿骨を結ぶ内転筋群
股関節と膝関節をまたがって、骨盤と下腿骨(脛骨・腓骨)を結ぶ2関節筋として、前面側には縫工筋、大腿筋膜張筋、背面側には大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋があります。また、膝関節の伸展筋として大腿四頭筋(大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋)、屈曲筋としてハムストリングス(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)があります。
図13 骨盤と大腿骨を結ぶ浅層筋群(前面側)(小林2001)
図14 骨盤と大腿骨および下腿骨を結ぶ浅層筋群(背面側)(小林2001)
脚を楕円軌道を描くように動かすためには、これらの筋群の意識的な協調した働きが必要になります。トレーニングする人は、普段意識しないようなそれぞれの筋の働きを意識化しながら動きや動作姿勢を創っていくことが必要になります。このことがスプリントマシンでの動作が難しいといわれるところですが、そのことは奥深い面白さにつながっているわけです。
そこで、一つ一つ技術の内容を説明することにします。
技術内容の解説編
1.足元が移動する台に乗り、台上で片足立ちバランスを保つ動作を保つ練習
スプリントトレーニングマシンでは、左右の足をそれぞれ左右のフットペダルの上にのせてバンドで固定します。足首の運動(背屈、伸展)は自由にできますが、足部の上下および前後方向への動きはフットペダルを取り付けたペダルアームの長さの回転範囲(半径21㎝の円周)に限られます。
図15
また、ペダルアームを取り付けた軸(回転の中心軸)は、水平に前後方向に最大100㎝までの範囲で、自動的に一定速度で移動します。
このことは、振り子をぶら下げた軸の部分が一定速度で前方または後方に移動する様子と同じです。フットペダルは振り子の部分に相当し、それは人の体重を支えたり、筋肉の働きで一回転するわけです。
動作の第1段階:振り子のようにぶらぶらするフットペダルの上に立ち、手すりに頼りながらも全体重をペダルにかけて立位バランスを取ります。次の段階では、動力(電動モーター)によって、振り子をつるしている軸の部分が、右足は前に、左足は後ろ方向に移動し始めます。そこで、フットペダルに乗っている人は、左右足に体重を配分しながら脚を前後に開いていきます。
図16
この時、骨盤の位置を普通の立位姿勢の時と変わらないようにしていると、股関節から先の脚の部分だけが前後方向に開脚される動きになります、
次に、全体重を片側の足だけに乗せて、フットペダルの前後方向の動きに合わせてみると、体重を乗せた側の足が前方に移動すると、足が前に行けばお尻が後ろに残ってしまい、手すりに頼らなければ立位姿勢が保てなくなってしまいます。
動作の第2段階:フットペダルが前後に移動する時に、右足が前に出る時には右腰を足に乗せる形で前に出し、左足が前に出る時には左腰が前に出るような動きをすると、体はやや捻られながら立位バランスをとることができます。この姿勢は、足(膝)と腰が同じ方向に動くので、「膝腰同側動作」と呼びます。この膝腰同側動作で、片足に体重をかけた姿勢(片足荷重)をとると、足が前に出ても腰も前に出るので、立位バランスがとりやすく、先ほどの動作の第1段階のように、お尻が後ろに引けて手すりに頼らなくても良いことになります。
このことは、足元が移動する台車の上で片足立ちバランスを保つ動作と同じ意味を持ちます。
図17
動作の第3段階:もも上げ動作は、「膝腰上げ動作」を行う
振り子(フットペダル)の上に立ち、支持脚(図18では右脚)で体重を支え、左脚を前方に振り上げる場合に、従来のもも上げ動作では、大転子(または骨盤)の高さを変化させずに大腿部の筋を働かせて膝を高く引き上げるように動作することが一般的です。この時の主導筋が大腿直筋を中心とした大腿四頭筋です。膝を高くする動作は、支持脚での強いキック力を生み出すために必要であり、膝が高く上がらなければ広いストライド(歩幅)も生み出されません。特に子どもでは、膝が高く上がったストライドの広いフォームが形作られることが速く走るための基本動作になっています。
スプリントトレーニングマシンでは、大腰筋をはじめ、体幹深部筋を有効活用した走り方を学習することを目標にしているので、それには骨盤の動きを体得しなければなりません。
体幹深部筋を使うということは、骨盤の動きを上手に使うということにほかなりません。
図18 従来のもも上げ動作(B)と、膝腰上げ動作(A)の解説図。
図18に示したように、骨盤の動きを加える場合には、支持脚にしっかり体重を乗せて少し背伸びをするようにして腰を伸ばし、振り上げ脚側(左側)の腰骨(骨盤)を大きく後ろから前に、円を描くようにして高く引き上げます。(上手になれば、その場からいきなり骨盤を引き上げることができますが、初めは大きく骨盤を後ろから円を描くように大きく前方に回しこみます)。
この時、膝も高く引き上げられますが、その動きは、骨盤の円の運動を増幅する形で、いったん後ろ側から円を描いて前に持ち上げられます。片側の骨盤が引き上げられて斜めの形になり円形に前に運ばれるので、脚全体もその動きによって引き上げられ前方に運ばれます。その時に働く筋は、骨盤内の筋群や腰回りの筋群です。不思議に太ももの筋群は、従来のもも上げ動作のように強く働いていません。
なぜ、骨盤をこのように動かす必要があるのでしょうか。
それは、速く走るためには足を車輪のように丸く円運動をするように動かすことであると説明しました。自転車のペダリングのような完全にその場で小さな円を描く脚の回転運動であれば、骨盤の動きを伴わなくてもできるのですが、膝を高く上げ、空中動作を生かして歩幅を広くとるような脚の回転運動を行うときには、骨盤も鼓の形を描くような回転運動をしなければなりません。
なぜならば、大腿骨の骨頭が骨盤の寛骨臼との間で股関節を形成していますが、骨頭の部分が寛骨臼にはまった形では、大腿骨骨頭部分の動きに制約があり、大腿骨の動きだけでは円の動きができない構造になっています。
ボールを投げる場合など、腕(肩)を丸く回す場合に、肩の位置を動かして、肩甲骨を滑らす動きをしなければ滑らかな円運動はできません。これと同じように、大腿骨(股関節)を丸く回すためには、骨盤を円滑に動かす必要があるわけです。脚の骨盤にあたる部分が、腕では肩甲骨なのです。
ボールを投げる時に、肩をどのように使うかということは、投動作では非常に大切で練習が必要ですが、ランニング動作においても同様に、股関節と骨盤をどのように使うかということは、非常に大切で、この技術を身に着けるためには、練習が必要です。
図19 膝腰上げ動作における技術
「体重支持脚」に体重を乗せ、片足立ちの状態を作り、逆足(振り出し脚)を体の後方から前方に移動させるときに、脚を体の真下を通過させなければなりませんが、この時に振り出し脚側の骨盤を高くして骨盤を斜めに傾けます。骨盤を傾ける時に初心者では体ごと傾ける人がいますが、肩の位置をそのままにして、体重支持脚でまっすぐな体軸を作り、振り出し脚側だけの骨盤を高く引き上げる動作が必要です。そして引き上げられた側の骨盤を前に運びますが、この時、腰がひねられるようにして前方に運ばれるので、脚や膝が体の内側に入ってしまったり、外側に出てしまう人が非常に多くみられます。
骨盤はひねりながら前方に出されますが、膝は進行方向である正面に向かったまっすぐに振り出されなければならないので、内側に入ったような姿勢になった時は、意識的に膝の方向を修正しなければなりません。膝が進行方向に向かって内側の位置になった場合には、太ももの外側についている筋(大腿筋膜張筋)の働きによって膝を外側に移動させ、正面を向くように調整します。図19のDは、膝が内側に入ってしまう悪い例を示しています。
また、膝が外側の出てしまう人(図19のE)では、ハードルを飛び越える時の抜き足のように、基本的に膝を体から外側に離した位置で股関節を回転させています。理想的なランニング動作では、膝はまっすぐに向いたライン上を動いていくようにします。そのためには、膝が体の外側にはみ出さないように、骨盤の動きを大きくして調節します。この時は、体重支持足で背伸びをするように腰を伸ばして反対側の骨盤位置を高くするようにして、脚を後ろから前に通過させます。
なぜこのような骨盤の動きが必要であるかについては、体幹深部筋を有効活用することが関係しています。体幹深部筋(インナーマッスル)のうち、最も注目されるのが大腰筋です。大腰筋は、背骨と大腿骨を結んでいる太くて長い筋ですが、一番上は、第12胸椎(肩甲骨下縁の高さ)から始まって、5つの腰椎のそれぞれからの起こり、骨盤内で腸骨筋と一体となって大腿骨の小転子についています。このことから、大腰筋は姿勢筋でもありますが大腿骨を引き上げる働きにも関与できるわけです。腸骨筋は骨盤の形を形成する大きな腸骨の広い部分から起こって大腿骨の小転子についているので、大腰筋と一緒に骨盤を動かすように働きます。
こうした骨盤の動きを考えるうえで、動物の背骨や骨盤の動き方を参考にすると、動きの本質的な部分への理解が進みます。
地上で、最も速く走ることができる動物は「チーター」です。チーターは、時速100㎞を超える速度を出すことが確かめられています。
図20にチーターが全速力で獲物を追うときに撮影された動画を連続写真に直してみました。
図20 チーターの走りの連続写真
チーターは、背骨が柔らかく、特に腰部の柔らかな動きができるので、キックしたあとに空中で腰をボールのように丸めた姿勢をとり、後ろ足を十分前に引き付けた姿勢から、脚を腰を円弧を描いて体のバネを生かして地面をつかんでキックし、思い切り大きな動作でキック後の空中での伸び動作を行っています。ビデオで観察すると、キック後に脚を後ろから前に移動させる瞬間に腰が最も高い空中姿勢になっています。
動物解剖学の専門家に伺ったところ、チーターの大腰筋は、四足動物では最も発達した形をしており、速く走る動作に適しているということです。
・・・・・・・・・・・・・〈その2〉に続く・・・・・・・・・・・・・
十坪ジムやQOMジムには、スプリントトレーニングマシンが設置してあります。このマシンは、認知動作型トレーニングマシンを代表するマシンですが、その原理や利用技術が難しいと感じる人が多いようです。
これまでにいろいろな疑問を持つ人や、技術の本質を理解しにくいという人もいるので、その要点を解説することにしました。
質問1.スプリントマシンは、自転車漕ぎのような「ペダル回転運動」と、ペダルアームの軸位置が前後に移動する「水平移動運動」の組み合わせで成り立っていると説明されていますが、どうしてその組み合わせが、ランニング動作の改善につながっているのですか?
回答1.
ランニングの技術は人それぞれですが、癖のあるランニングフォームで走る人や、スムーズで滑らかな美しいフォームでスピードが出ている人、癖のある特徴的なフォームでランニング記録に優れている人、などいろいろです。それ故に、何が正しいランニングフォームであるかということを限定することができず、「強いランナー」をお手本にすることが一般的です。
また、その人の練習法なども取り入れようとすることが行われています。
私にとって、ランニング技術のお手本は、カール・ルイス選手です。カール・ルイス選手は、1991年世界陸上東京大会で、100m走9秒86の世界記録(当時)を樹立しました。日本記録が桐生選手の9秒98、サニブラウン選手の9秒97と9秒台で盛り上がっていますが、それよりも20数年前にカール・ルイス選手は、9秒86という記録で走っているのです。
私はカールルイス選手の優れたランニング技術の中に秘められた強さの秘訣というものを解き明かそうと研究を行い、その強さの秘訣が、骨盤や腰部など、体幹深部に存在する強力な体幹深部筋群の有効利用法にあるのではないかと考えました。そして、それらの深部筋群(インナーマッスル)を使うためのトレーニング方法を考えついたわけです。それがスプリントトレーニングマシンを用いる方法です。もちろん、このマシンを用いなくても体幹深部筋を強化する方法は工夫されているので、それはそれでよいのですが、このマシンから、動きの原理を理解し、その原理が活用されることは有効だと思います。
図1カール・ルイス選手の脚の運び
図1は、1991年にカール・ルイス選手が世界陸上東京大会で100m走9秒86の世界記録を樹立した時の脚の運びを示した図です。
この図は、ビデオカメラを10台以上コースの横(観客席スペース)に並べて、選手がカメラの前を横切った時の画像を分析し、体の測定部位の位置関係をとらえています。
図1は、それぞれのカメラがとらえた画像の足のくるぶしの位置、膝の位置、の変化を骨盤の大転子の位置を原点としてグラフ上に重ね合わせて描いたものです。
数学的には、大転子の位置を原点として、膝の位置とくるぶしの位置の変化をとらえたグラフということになります。
図2 X-Y軸の座標の原点として、大転子の位置を固定した場合について、膝と足首の位置変化を、最もスピードが出た50~60m付近の片脚の一回転について示した図です。
図2B (小林2001より)
ここで注意しなければならないことは、大転子の位置を原点としたので、「大転子の位置が動かない」として描いてあることです。つまり、腰の位置が動かないとした場合の脚の相対的な動きを現した図ということになります。
図3 大転子の位置
カール・ルイス選手の脚の動きの軌跡図(図1,2)では、地面をけり上げた足が円形を描いて前方に運ばれ、つま先が前方に振り出される様子を描いた後に、鋭く手前に引き戻されて着地し、キック動作に連続している様子が見てとれます。カール・ルイス選手のくるぶしの動きの軌跡は、歩幅が広いだけあって前後幅が広い様子を示しています。
こうしたランニング中の足首(くるぶし)や膝の動きについて、大学選手や100m走を11秒台で走る選手の場合と比較したところ、このような動作分析図からは、あまり大きな差がみられないということがわかりました。
実際の走動作をビデオ観察した結果では、カール・ルイス選手は、着地時やキック時にも膝をやや曲げたままで脚全体を大きくすばやく動かしている様子が見られ、足首の角度をあまり大きく変化させていないなどの特徴がみられました。
このことは、カール・ルイス選手は、足首や膝の屈曲伸展力を利用したキック動作を用いるのではなく、いかにすばやく脚(下肢)全体を回転させるかということに意識が集中されている様子が観察されました。ビデオ分析の結果から、カール・ルイス選手の着地直前の前脚の手前方向への移動速度は、ほかの選手と比較してすばやい特徴があります。
図4 ランニング動作と主働筋
カール・ルイス選手の走技術を図4では、Ⅲ型として表しました。
走路が土であった時代には、強いキック力を地面に与えるように、大腿を高く引き上げ(もも上げ動作)、地面を強く叩きつけるような動作とともに、足首のキック力を高めるトレーニングが重視されました(Ⅰ型)。全天候走路になってからは、走路の弾力性を生かした脚の運びをする技術が工夫され、大腿背面のハムストリングスの強化が重要視されるようになりました(Ⅱ型)。ハムストリングスが弱いと大腿背面の肉離れが生じやすく、大腿四頭筋(大腿前面)とハムストリンクス(大腿背面)の強さのバランスが大切であることが認識されるようになりました。
カール・ルイス選手や、その後に世界記録を更新したリロイ・バレル選手、モーリス・グリーン選手などが優れた記録を出すようになった要因として、体幹深部筋を有効活用したランニング技術(Ⅲ型)が注目されるようになりました。
カール・ルイス選手の走技術の基本をあれこれ思案しているうちに、カール・ルイス選手は、人間が最も効率的に速く走れる動作原理を用いているのではないかと考えるようになりました。地上で最も速く移動できる原理は、滑ることと回転することです。特に電車の車輪や車のタイヤは円の形が回転することによって、効率よく移動速度を高めています。
人間の移動で脚を円形に動かす運動は、自転車のペダリングです。自転車のペダリング動作とランニング動作との違いは、自転車の回転運動では、ペダルアームを取り付けた軸の位置が変化しないので、その場での脚の回転運動になっており、ランニングに必要な「歩幅」がないということになります。
そこで、ペダリングのような「脚の回転運動」と「歩幅が生じるような動き」を組み合わせれば、理想的な移動運動が成り立つのではないかと考えました。
「歩幅が生じるような動き」とは、「歩幅に相当する距離を滑る」ということになります。
この「滑る」動きは、ペダルアームを取り付けた回転軸の位置を「滑る」ように移動させれば、「滑りながらペダルを回転させる」という動作が成り立ちます。
そこで、「ペダルの回転動作」を「滑り動作」と組み合わせて行うマシンという考え方が生まれました。
図5 最も速い移動速度が得られるのは、車輪やタイヤの回転運動であり、円形の回転運動を脚の運びで生み出すことが理想的である。
図6 カール・ルイス選手のくるぶしの動きの軌跡と円形との関係
図6で、カール・ルイス選手のくるぶしの軌跡と円形の移動を重ね合わせるようにしてみると、円形とうまく一致する部分と、一致しにくい部分があることがわかります。円形の周りを大きくくるぶしが移動すれば、楕円の軌道を描くことになります。しかし、カール・ルイス選手のくるぶしの軌跡は、楕円軌道とはやや異なっているように見えます。異なる部分は、脚を前方に移動させるときに生じていることが明らかです。
しかし、ペダルアームの軸を移動させながらペダルを回転させることによって、カール・ルイス選手の足の動きの軌跡をなぞることも可能であることが見えてきました。
実際に開発されたスプリントトレーニングマシンで、足の動きをとらえてみると、図7、8のようになります。
図7 スプリントマシンでの足の移動軌跡A
図7は、スプリントトレーニングマシンで前足が狭い歩幅のうちに着地動作に入ってしまう場合です。
図8 スプリントマシンでの足の移動軌跡B
図8は、スプリントトレーニングマシンで、脚が前方で高い位置に保たれながら着地動作に入る楕円軌道型の脚回転動作です。(熟練者)
図7のような足の移動軌跡を描く人は非常に多くいます。初心者では、さらに歩幅が狭いうちに着地動作に入ってしまい、ペダルアームの回転軸の滑り距離(歩幅)を十分生かすことができません。
実際のスプリントトレーニングマシンでは、歩幅に相当する距離を「滑り」で得られるように、ペダルアームを取り付けた小型の移動台車を作り、この移動台車をスムーズにモーターで設定距離だけ自動的に前方および後方へ繰り返し移動するようになっており、左右脚がそれぞれ逆方向に移動するように作られています。
移動距離(歩幅)は、30~100㎝の範囲内で調節することができ、移動速度(「滑りの速さ」)は秒速25~100㎝の範囲で調節できますが、通常のトレーニングでは、歩幅65~70㎝、速度35~50㎝/秒 の設定で行っています。
ここで問題となるのは、実際にスプリントトレーニングマシンでトレーニングを行ってみると、初心者や中級者では、図7のような動きであるに対して、図8のような楕円軌道に近い足の運びを行った方が、明らかにトレーニング効果が大きく、ランニングの記録向上が著しいという結果が得られているということです。
ここからが問題の本質になるわけです。図7は、カール・ルイス選手の足の移動軌跡に近いにもかかわらず、なぜ図8のように楕円軌道を描くように足を移動させた方が競技成績が向上するのか、ということです。
その答えは、カール・ルイス選手の脚の移動軌跡を図示するときに、大転子を原点とした座標軸のうえで、大転子が動かないという前提のもとに足の移動軌跡が描かれていることにありました。
このことは、動きを2次元座標で表現しようとする場合に、科学者が陥りやすい部分で、必ず動かない原点を基準点として設定し、原点に対する座標軸で動きを表現せざるを得ないという科学的手法上の問題でもあったわけです。
このことは、非常に重要なことで、実際は大転子が動いているにもかかわらず、動かないものとして、カール・ルイス選手の脚の動きを図示していたことになります。
そこで、図8のように、楕円軌道を描くように足を動かすときには、必ず大転子も大きく動かす必要があり、大転子(正確には骨盤)の動きを伴わなければ、楕円形に近い足の動きを生み出すことができないということも明らかになりました。
図9は、そのことを表すために、大転子の移動の軌跡を示しています。
図9 楕円軌道を描く際の大転子の移動軌跡
実際のランニングでは、足首の軌跡は楕円形を描いているわけではなく、大転子が固定したような足首の動きの軌跡を描く人が一般的です。しかし、体幹部や骨盤内部の深部筋をランニングに有効活用するためには、足が楕円軌跡を描くように脚部や骨盤の動きを身に着け、トレーニングすることが必要です。
図10に、ランニング動作で、骨盤を動かさない場合(A)と、骨盤の動きを伴った場合(B)の比較を図示しましたが、股関節や骨盤の動きは、もっと複雑で立体的な円型や螺旋形を描くことを基本としたものになっています。
図10 ランニング動作における骨盤の動きの比較
大腿骨の骨頭は骨盤にはまる形で、股関節を形成しています。大転子は体の外側から股関節位置の出っ張りのような感じで触れることができ、大腿骨と骨盤の動きを知るうえで便利な位置にあります。
図10に示したように、大転子の移動は、骨盤の動きを伴うものであり、楕円軌道の動きをするためには、股関節や骨盤の動きが極めて重要なカギを握ることになります。
そこで、股関節や骨盤の動きにかかわる筋群について、その名称をあげて図示するので、これから先の説明内容を理解するうえで役立ててほしいと思います。
骨盤の内側から骨盤と大腿骨を結び付けている筋肉が腸骨筋で、大腰筋はさらに腰椎と大腿骨を結んでいる大きな筋肉です。股関節を介して骨盤と大腿骨を結んでいるのが深層外旋六筋(梨状筋、方形筋、外閉鎖筋、内閉鎖筋、上双子筋、下双子筋)、殿筋(小殿筋、中殿筋、大殿筋))、大腿直筋、および内転筋(大内転筋、長内転筋、短内転筋)です。
図11 骨盤と大腿骨を結ぶ深部筋群
図12 骨盤と大腿骨を結ぶ内転筋群
股関節と膝関節をまたがって、骨盤と下腿骨(脛骨・腓骨)を結ぶ2関節筋として、前面側には縫工筋、大腿筋膜張筋、背面側には大腿二頭筋、半膜様筋、半腱様筋があります。また、膝関節の伸展筋として大腿四頭筋(大腿直筋、内側広筋、外側広筋、中間広筋)、屈曲筋としてハムストリングス(大腿二頭筋、半腱様筋、半膜様筋)があります。
図13 骨盤と大腿骨を結ぶ浅層筋群(前面側)(小林2001)
図14 骨盤と大腿骨および下腿骨を結ぶ浅層筋群(背面側)(小林2001)
脚を楕円軌道を描くように動かすためには、これらの筋群の意識的な協調した働きが必要になります。トレーニングする人は、普段意識しないようなそれぞれの筋の働きを意識化しながら動きや動作姿勢を創っていくことが必要になります。このことがスプリントマシンでの動作が難しいといわれるところですが、そのことは奥深い面白さにつながっているわけです。
そこで、一つ一つ技術の内容を説明することにします。
技術内容の解説編
1.足元が移動する台に乗り、台上で片足立ちバランスを保つ動作を保つ練習
スプリントトレーニングマシンでは、左右の足をそれぞれ左右のフットペダルの上にのせてバンドで固定します。足首の運動(背屈、伸展)は自由にできますが、足部の上下および前後方向への動きはフットペダルを取り付けたペダルアームの長さの回転範囲(半径21㎝の円周)に限られます。
図15
また、ペダルアームを取り付けた軸(回転の中心軸)は、水平に前後方向に最大100㎝までの範囲で、自動的に一定速度で移動します。
このことは、振り子をぶら下げた軸の部分が一定速度で前方または後方に移動する様子と同じです。フットペダルは振り子の部分に相当し、それは人の体重を支えたり、筋肉の働きで一回転するわけです。
動作の第1段階:振り子のようにぶらぶらするフットペダルの上に立ち、手すりに頼りながらも全体重をペダルにかけて立位バランスを取ります。次の段階では、動力(電動モーター)によって、振り子をつるしている軸の部分が、右足は前に、左足は後ろ方向に移動し始めます。そこで、フットペダルに乗っている人は、左右足に体重を配分しながら脚を前後に開いていきます。
図16
この時、骨盤の位置を普通の立位姿勢の時と変わらないようにしていると、股関節から先の脚の部分だけが前後方向に開脚される動きになります、
次に、全体重を片側の足だけに乗せて、フットペダルの前後方向の動きに合わせてみると、体重を乗せた側の足が前方に移動すると、足が前に行けばお尻が後ろに残ってしまい、手すりに頼らなければ立位姿勢が保てなくなってしまいます。
動作の第2段階:フットペダルが前後に移動する時に、右足が前に出る時には右腰を足に乗せる形で前に出し、左足が前に出る時には左腰が前に出るような動きをすると、体はやや捻られながら立位バランスをとることができます。この姿勢は、足(膝)と腰が同じ方向に動くので、「膝腰同側動作」と呼びます。この膝腰同側動作で、片足に体重をかけた姿勢(片足荷重)をとると、足が前に出ても腰も前に出るので、立位バランスがとりやすく、先ほどの動作の第1段階のように、お尻が後ろに引けて手すりに頼らなくても良いことになります。
このことは、足元が移動する台車の上で片足立ちバランスを保つ動作と同じ意味を持ちます。
図17
動作の第3段階:もも上げ動作は、「膝腰上げ動作」を行う
振り子(フットペダル)の上に立ち、支持脚(図18では右脚)で体重を支え、左脚を前方に振り上げる場合に、従来のもも上げ動作では、大転子(または骨盤)の高さを変化させずに大腿部の筋を働かせて膝を高く引き上げるように動作することが一般的です。この時の主導筋が大腿直筋を中心とした大腿四頭筋です。膝を高くする動作は、支持脚での強いキック力を生み出すために必要であり、膝が高く上がらなければ広いストライド(歩幅)も生み出されません。特に子どもでは、膝が高く上がったストライドの広いフォームが形作られることが速く走るための基本動作になっています。
スプリントトレーニングマシンでは、大腰筋をはじめ、体幹深部筋を有効活用した走り方を学習することを目標にしているので、それには骨盤の動きを体得しなければなりません。
体幹深部筋を使うということは、骨盤の動きを上手に使うということにほかなりません。
図18 従来のもも上げ動作(B)と、膝腰上げ動作(A)の解説図。
図18に示したように、骨盤の動きを加える場合には、支持脚にしっかり体重を乗せて少し背伸びをするようにして腰を伸ばし、振り上げ脚側(左側)の腰骨(骨盤)を大きく後ろから前に、円を描くようにして高く引き上げます。(上手になれば、その場からいきなり骨盤を引き上げることができますが、初めは大きく骨盤を後ろから円を描くように大きく前方に回しこみます)。
この時、膝も高く引き上げられますが、その動きは、骨盤の円の運動を増幅する形で、いったん後ろ側から円を描いて前に持ち上げられます。片側の骨盤が引き上げられて斜めの形になり円形に前に運ばれるので、脚全体もその動きによって引き上げられ前方に運ばれます。その時に働く筋は、骨盤内の筋群や腰回りの筋群です。不思議に太ももの筋群は、従来のもも上げ動作のように強く働いていません。
なぜ、骨盤をこのように動かす必要があるのでしょうか。
それは、速く走るためには足を車輪のように丸く円運動をするように動かすことであると説明しました。自転車のペダリングのような完全にその場で小さな円を描く脚の回転運動であれば、骨盤の動きを伴わなくてもできるのですが、膝を高く上げ、空中動作を生かして歩幅を広くとるような脚の回転運動を行うときには、骨盤も鼓の形を描くような回転運動をしなければなりません。
なぜならば、大腿骨の骨頭が骨盤の寛骨臼との間で股関節を形成していますが、骨頭の部分が寛骨臼にはまった形では、大腿骨骨頭部分の動きに制約があり、大腿骨の動きだけでは円の動きができない構造になっています。
ボールを投げる場合など、腕(肩)を丸く回す場合に、肩の位置を動かして、肩甲骨を滑らす動きをしなければ滑らかな円運動はできません。これと同じように、大腿骨(股関節)を丸く回すためには、骨盤を円滑に動かす必要があるわけです。脚の骨盤にあたる部分が、腕では肩甲骨なのです。
ボールを投げる時に、肩をどのように使うかということは、投動作では非常に大切で練習が必要ですが、ランニング動作においても同様に、股関節と骨盤をどのように使うかということは、非常に大切で、この技術を身に着けるためには、練習が必要です。
図19 膝腰上げ動作における技術
「体重支持脚」に体重を乗せ、片足立ちの状態を作り、逆足(振り出し脚)を体の後方から前方に移動させるときに、脚を体の真下を通過させなければなりませんが、この時に振り出し脚側の骨盤を高くして骨盤を斜めに傾けます。骨盤を傾ける時に初心者では体ごと傾ける人がいますが、肩の位置をそのままにして、体重支持脚でまっすぐな体軸を作り、振り出し脚側だけの骨盤を高く引き上げる動作が必要です。そして引き上げられた側の骨盤を前に運びますが、この時、腰がひねられるようにして前方に運ばれるので、脚や膝が体の内側に入ってしまったり、外側に出てしまう人が非常に多くみられます。
骨盤はひねりながら前方に出されますが、膝は進行方向である正面に向かったまっすぐに振り出されなければならないので、内側に入ったような姿勢になった時は、意識的に膝の方向を修正しなければなりません。膝が進行方向に向かって内側の位置になった場合には、太ももの外側についている筋(大腿筋膜張筋)の働きによって膝を外側に移動させ、正面を向くように調整します。図19のDは、膝が内側に入ってしまう悪い例を示しています。
また、膝が外側の出てしまう人(図19のE)では、ハードルを飛び越える時の抜き足のように、基本的に膝を体から外側に離した位置で股関節を回転させています。理想的なランニング動作では、膝はまっすぐに向いたライン上を動いていくようにします。そのためには、膝が体の外側にはみ出さないように、骨盤の動きを大きくして調節します。この時は、体重支持足で背伸びをするように腰を伸ばして反対側の骨盤位置を高くするようにして、脚を後ろから前に通過させます。
なぜこのような骨盤の動きが必要であるかについては、体幹深部筋を有効活用することが関係しています。体幹深部筋(インナーマッスル)のうち、最も注目されるのが大腰筋です。大腰筋は、背骨と大腿骨を結んでいる太くて長い筋ですが、一番上は、第12胸椎(肩甲骨下縁の高さ)から始まって、5つの腰椎のそれぞれからの起こり、骨盤内で腸骨筋と一体となって大腿骨の小転子についています。このことから、大腰筋は姿勢筋でもありますが大腿骨を引き上げる働きにも関与できるわけです。腸骨筋は骨盤の形を形成する大きな腸骨の広い部分から起こって大腿骨の小転子についているので、大腰筋と一緒に骨盤を動かすように働きます。
こうした骨盤の動きを考えるうえで、動物の背骨や骨盤の動き方を参考にすると、動きの本質的な部分への理解が進みます。
地上で、最も速く走ることができる動物は「チーター」です。チーターは、時速100㎞を超える速度を出すことが確かめられています。
図20にチーターが全速力で獲物を追うときに撮影された動画を連続写真に直してみました。
図20 チーターの走りの連続写真
チーターは、背骨が柔らかく、特に腰部の柔らかな動きができるので、キックしたあとに空中で腰をボールのように丸めた姿勢をとり、後ろ足を十分前に引き付けた姿勢から、脚を腰を円弧を描いて体のバネを生かして地面をつかんでキックし、思い切り大きな動作でキック後の空中での伸び動作を行っています。ビデオで観察すると、キック後に脚を後ろから前に移動させる瞬間に腰が最も高い空中姿勢になっています。
動物解剖学の専門家に伺ったところ、チーターの大腰筋は、四足動物では最も発達した形をしており、速く走る動作に適しているということです。
・・・・・・・・・・・・・〈その2〉に続く・・・・・・・・・・・・・