第6回
9.筋肉の「バネ」 筋腱複合体 <福永哲夫>
筋肉が収縮して力を発揮してくれるおかげで、我々は身体を動かし、活動することができる。筋肉をあまり使わない生活を続けると、筋肉はやせ衰え、適度に使われると太さや機能を維持し、強い負荷をかけたトレーニングで肥大する。筋肉はその使われ方によって多様な変化や適応力を発揮するが、その様子は「可塑性」に富んでいると表現される。
筋肉の両端は「腱」や膜状の結合組織となって、関節をまたいだ形で骨に付着している。運動にかかわる筋の働きについて研究が進むにつれて、近年では、筋肉だけでなく、筋肉と腱を含めた「筋腱複合体」が重要な働きを持っていることが分かってきた。
筋腱複合体についての研究は、福永哲夫氏(現・東京大学名誉教授、前鹿屋体育大学学長)の研究グループによる功績が大きい。福永氏は、東京大学大学院時代の2年先輩で、学生時代から超音波法を用いて筋の断面積を測定し、単位断面積当たりの筋力を算出したことで研究者としての頭角を現した。その後、超音波法を用いて筋の収縮特性を明らかにし、「一般に等尺性収縮と呼ばれている筋の収縮様式であっても、実際には筋は短縮性収縮を起こしており、その分、腱が伸張しているので、見かけ上、筋の長さが変わらないように見える」という筋腱複合体の考え方を示した。
スポーツ選手の中には、弾力性に富んだ「ばね」のある動きができる人がいるが、これは筋肉の性質ばかりでなく、「筋肉と腱の複合的な働き」、すなわち「筋腱複合体」の働きが優れていることに関係する。われわれは、通常1分間に80m(時速4.8km)の速度で歩いているが、やや速足で歩くときは、分速が100m(時速6km)程度となる。
スピードを高めて限界近くの歩行スピードになると、「歩くより走るほうが楽だ」と感じるようになる。分速120m(時速7.2km)以上の速度では、「歩く」よりも「走る」動作をしたほうがエネルギー消費は少ない。走るほうが楽というのは、走動作のほうが「筋腱複合体」による「ばね効果」を利用できるからである。最も有効な「ばね効果」を利用できるのは、ふくらはぎの筋肉である腓腹筋とヒラメ筋、およびこれらの筋肉に連続しているアキレス腱の「筋腱複合体」である。運動する前の準備運動として、誰でも無造作にアキレス腱を伸ばす動作をするが、これは、ふくらはぎの「筋複合体」の弾力効果を期待するためと、アキレス腱の断裂を予防する意味を持っている。
10. 加齢と筋肉のバネ
年齢によって身体に柔軟性がなくなってくるのは、筋腱複合体の伸縮性が失われるためである。走り方をみても、若い人の走りは弾力性があり、高齢者の走りは弾力性を失った「すり足状態」に近い走り方が多くなっている。
高齢者になっても、若々しい動きを保つには、どうすればよいか。その答えは、「筋腱複合体の弾力性を保つこと」にあると考えられる。一般に、ストレッチングを行う場合、「痛みを伴うようなオーバーストレッチングは、筋や腱の断裂を引き起こすので、無理なストレッチを行ってはいけない。」「筋が引き伸ばされるときにはリラックスしていなければならない」と教えられている。これは、ボブ・アンダーソンの提唱するストレッチングの基本的考え方である。
しかし、「筋腱複合体」の老化を予防し、積極的なストレッチングの方法を考えていくうちに、面白いことが頭に浮かんだ。そのアイディアを形にしたものが写真に示した「球底型・股関節伸展装置」(愛称:大股わたり)」である。半径が1mの円筒形を半分に切り、お椀の底のような形をした壁面に開脚姿勢で立ち、できるだけ股関節が大きく開くように左右の足幅を広げていく。すると体重が股関節の内側部分にかかり、股関節の開脚角度が大きくなっていく。人にはそれぞれに開脚能力には差があるので、初めは痛みがあまり生じない程度に行うが、トレーニングによって、徐々に開脚角度を大きくすることができるようになる。
これには、思わぬ副産物的な効果があることが分かってきた。それは、股関節周りの内転筋や骨盤底筋群(泌尿器系関連筋群)の強化や、リンパの動きを活発化させる効果が大きいことである。大股ストレッチマシンでの開脚ポーズをとる著者(75歳時)
内股には、脚を太ももの部分で内回転させることに働く内転筋(大内転筋、小内転筋)がある。内転筋が衰えると、股関節の左右開脚も前後方向への開脚もせまい範囲になってしまい、身体の柔軟性も著しく低下してしまう。股関節の内股部分は、鼠頸部とよばれ、動脈、静脈、リンパ管、神経などが通っている。この部分には、鼠頸リンパ節とよばれるリンパ 鼠頸部にはリンパ節が発達しており、下腹部、下肢、外陰部、臀部、肛門部からリンパを受けている。リンパ液は、リンパ管をとおって運搬されるが、全身に導管ネットワークがめぐらされ、おもに筋肉の動きによってリンパ液が移動する。リンパ液は免疫作用を持つ物質を運搬するという重要な役目を持っている。
筋肉が力を発揮できるのは、筋線維を構成する筋原線維の構造に由来する。筋原線維はZ(ゼット)膜とよばれる仕切りで小さく区切られた、筋肉を構成している
運動は、骨を動かすことによって成り立っているが、関節をまたいだ筋肉や腱、結合組織を含めた形で、筋肉の働きを高めたり、老化や不活動によって萎縮してしまう。
ところで、筋肉は、筋線維の収縮作用によって力を発揮することができる。筋収縮の形態には、短縮性収縮(コンセントリック)、等尺性収縮(アイソメトリック)、伸張性収縮(エクセントリック)、等速性収縮(アイソキネティック)という4つの様式がある。腕をまげて上腕に力瘤をつくる上腕2頭筋を例にとると、おもりを持って腕を曲げる場合は「短縮性収縮」、腕を曲げたままで力を発揮する場合は「等尺性収縮」、曲げた腕が無理に引き伸ばされるときに抵抗する場合が「伸張性収縮」、肘を軸とした屈曲や伸展の動作速度が一定速度で行われるときに発揮される場合が「等速性収縮」である。
等速性筋力の測定には「サイベックスマシン」が用いられた。サイベックスマシンは、価格的に非常に高価で、このマシンを用いて測定したという事だけで学会の注目を集めることができた。等速性筋力は、ゆっくりした速度では大きな力を発揮することができるが、運動速度が高くなると発揮される筋力が小さくなる。等速性筋力の測定から、運動の速度と発揮筋力との関係を示す「速度・力曲線」を描くことができる。速く走ることができるランナーでは、す速い速度で強い筋力を発揮することができるという特徴を持つといえる。
通常の生活では、短縮性収縮や等尺性収縮が普通であり、筋肉痛も起こりにくい。伸張性収縮は、強い力で引っ張られることに抵抗するので筋肉痛を生じやすい。走るときには、着地時にふくらはぎの筋肉(腓腹筋)が伸張性収縮を起こすので、筋肉痛が生じやすい。全速力で走ると、太ももの筋肉(大腿4頭筋、大腿2頭筋など)にも伸張性収縮が起こる。
登山では、登りより下りのほうが伸張性収縮が起こりやすいので筋肉痛が生じやすい。運動後の筋肉痛は、多くの場合、伸張性収縮によって生じる筋組織の微小な断裂や組織の疲労物質の蓄積などに由来するとされている。
実際には、筋肉ばかりでなく筋肉を骨に連結するための腱組織との複合的な働きが、動きの柔軟性や運動中のばね要素(弾力性)に関係しており、近年では、「筋腱複合体」という考え方で筋肉の働きを捉えるようになっている。
しかし、伸張性収縮を用いた筋力トレーニングが筋力を強化しやすいということも事実である。ゆっくりとおもりを持ち上げたり、下ろしたりする「スロートレーニング」は、これら3つの筋収縮様式をすべて取り入れたトレーニング方法のひとつである。
運動による筋肉痛を避ける方法には、伸張性収縮の要素を避けること、やむ負えない場合には、アミノ酸などの栄養素を摂取することによって、筋や腱へのダメージを最小限に抑えることなどの方法がある。「筋肉痛が起きるようなトレーニングでなければ、筋は強くならない」ということをいう人もいるが、これは全くの間違いである。
9.筋肉の「バネ」 筋腱複合体 <福永哲夫>
筋肉が収縮して力を発揮してくれるおかげで、我々は身体を動かし、活動することができる。筋肉をあまり使わない生活を続けると、筋肉はやせ衰え、適度に使われると太さや機能を維持し、強い負荷をかけたトレーニングで肥大する。筋肉はその使われ方によって多様な変化や適応力を発揮するが、その様子は「可塑性」に富んでいると表現される。
筋肉の両端は「腱」や膜状の結合組織となって、関節をまたいだ形で骨に付着している。運動にかかわる筋の働きについて研究が進むにつれて、近年では、筋肉だけでなく、筋肉と腱を含めた「筋腱複合体」が重要な働きを持っていることが分かってきた。
筋腱複合体についての研究は、福永哲夫氏(現・東京大学名誉教授、前鹿屋体育大学学長)の研究グループによる功績が大きい。福永氏は、東京大学大学院時代の2年先輩で、学生時代から超音波法を用いて筋の断面積を測定し、単位断面積当たりの筋力を算出したことで研究者としての頭角を現した。その後、超音波法を用いて筋の収縮特性を明らかにし、「一般に等尺性収縮と呼ばれている筋の収縮様式であっても、実際には筋は短縮性収縮を起こしており、その分、腱が伸張しているので、見かけ上、筋の長さが変わらないように見える」という筋腱複合体の考え方を示した。
スポーツ選手の中には、弾力性に富んだ「ばね」のある動きができる人がいるが、これは筋肉の性質ばかりでなく、「筋肉と腱の複合的な働き」、すなわち「筋腱複合体」の働きが優れていることに関係する。われわれは、通常1分間に80m(時速4.8km)の速度で歩いているが、やや速足で歩くときは、分速が100m(時速6km)程度となる。
スピードを高めて限界近くの歩行スピードになると、「歩くより走るほうが楽だ」と感じるようになる。分速120m(時速7.2km)以上の速度では、「歩く」よりも「走る」動作をしたほうがエネルギー消費は少ない。走るほうが楽というのは、走動作のほうが「筋腱複合体」による「ばね効果」を利用できるからである。最も有効な「ばね効果」を利用できるのは、ふくらはぎの筋肉である腓腹筋とヒラメ筋、およびこれらの筋肉に連続しているアキレス腱の「筋腱複合体」である。運動する前の準備運動として、誰でも無造作にアキレス腱を伸ばす動作をするが、これは、ふくらはぎの「筋複合体」の弾力効果を期待するためと、アキレス腱の断裂を予防する意味を持っている。
10. 加齢と筋肉のバネ
年齢によって身体に柔軟性がなくなってくるのは、筋腱複合体の伸縮性が失われるためである。走り方をみても、若い人の走りは弾力性があり、高齢者の走りは弾力性を失った「すり足状態」に近い走り方が多くなっている。
高齢者になっても、若々しい動きを保つには、どうすればよいか。その答えは、「筋腱複合体の弾力性を保つこと」にあると考えられる。一般に、ストレッチングを行う場合、「痛みを伴うようなオーバーストレッチングは、筋や腱の断裂を引き起こすので、無理なストレッチを行ってはいけない。」「筋が引き伸ばされるときにはリラックスしていなければならない」と教えられている。これは、ボブ・アンダーソンの提唱するストレッチングの基本的考え方である。
しかし、「筋腱複合体」の老化を予防し、積極的なストレッチングの方法を考えていくうちに、面白いことが頭に浮かんだ。そのアイディアを形にしたものが写真に示した「球底型・股関節伸展装置」(愛称:大股わたり)」である。半径が1mの円筒形を半分に切り、お椀の底のような形をした壁面に開脚姿勢で立ち、できるだけ股関節が大きく開くように左右の足幅を広げていく。すると体重が股関節の内側部分にかかり、股関節の開脚角度が大きくなっていく。人にはそれぞれに開脚能力には差があるので、初めは痛みがあまり生じない程度に行うが、トレーニングによって、徐々に開脚角度を大きくすることができるようになる。
これには、思わぬ副産物的な効果があることが分かってきた。それは、股関節周りの内転筋や骨盤底筋群(泌尿器系関連筋群)の強化や、リンパの動きを活発化させる効果が大きいことである。大股ストレッチマシンでの開脚ポーズをとる著者(75歳時)
内股には、脚を太ももの部分で内回転させることに働く内転筋(大内転筋、小内転筋)がある。内転筋が衰えると、股関節の左右開脚も前後方向への開脚もせまい範囲になってしまい、身体の柔軟性も著しく低下してしまう。股関節の内股部分は、鼠頸部とよばれ、動脈、静脈、リンパ管、神経などが通っている。この部分には、鼠頸リンパ節とよばれるリンパ 鼠頸部にはリンパ節が発達しており、下腹部、下肢、外陰部、臀部、肛門部からリンパを受けている。リンパ液は、リンパ管をとおって運搬されるが、全身に導管ネットワークがめぐらされ、おもに筋肉の動きによってリンパ液が移動する。リンパ液は免疫作用を持つ物質を運搬するという重要な役目を持っている。
筋肉が力を発揮できるのは、筋線維を構成する筋原線維の構造に由来する。筋原線維はZ(ゼット)膜とよばれる仕切りで小さく区切られた、筋肉を構成している
運動は、骨を動かすことによって成り立っているが、関節をまたいだ筋肉や腱、結合組織を含めた形で、筋肉の働きを高めたり、老化や不活動によって萎縮してしまう。
ところで、筋肉は、筋線維の収縮作用によって力を発揮することができる。筋収縮の形態には、短縮性収縮(コンセントリック)、等尺性収縮(アイソメトリック)、伸張性収縮(エクセントリック)、等速性収縮(アイソキネティック)という4つの様式がある。腕をまげて上腕に力瘤をつくる上腕2頭筋を例にとると、おもりを持って腕を曲げる場合は「短縮性収縮」、腕を曲げたままで力を発揮する場合は「等尺性収縮」、曲げた腕が無理に引き伸ばされるときに抵抗する場合が「伸張性収縮」、肘を軸とした屈曲や伸展の動作速度が一定速度で行われるときに発揮される場合が「等速性収縮」である。
等速性筋力の測定には「サイベックスマシン」が用いられた。サイベックスマシンは、価格的に非常に高価で、このマシンを用いて測定したという事だけで学会の注目を集めることができた。等速性筋力は、ゆっくりした速度では大きな力を発揮することができるが、運動速度が高くなると発揮される筋力が小さくなる。等速性筋力の測定から、運動の速度と発揮筋力との関係を示す「速度・力曲線」を描くことができる。速く走ることができるランナーでは、す速い速度で強い筋力を発揮することができるという特徴を持つといえる。
通常の生活では、短縮性収縮や等尺性収縮が普通であり、筋肉痛も起こりにくい。伸張性収縮は、強い力で引っ張られることに抵抗するので筋肉痛を生じやすい。走るときには、着地時にふくらはぎの筋肉(腓腹筋)が伸張性収縮を起こすので、筋肉痛が生じやすい。全速力で走ると、太ももの筋肉(大腿4頭筋、大腿2頭筋など)にも伸張性収縮が起こる。
登山では、登りより下りのほうが伸張性収縮が起こりやすいので筋肉痛が生じやすい。運動後の筋肉痛は、多くの場合、伸張性収縮によって生じる筋組織の微小な断裂や組織の疲労物質の蓄積などに由来するとされている。
実際には、筋肉ばかりでなく筋肉を骨に連結するための腱組織との複合的な働きが、動きの柔軟性や運動中のばね要素(弾力性)に関係しており、近年では、「筋腱複合体」という考え方で筋肉の働きを捉えるようになっている。
しかし、伸張性収縮を用いた筋力トレーニングが筋力を強化しやすいということも事実である。ゆっくりとおもりを持ち上げたり、下ろしたりする「スロートレーニング」は、これら3つの筋収縮様式をすべて取り入れたトレーニング方法のひとつである。
運動による筋肉痛を避ける方法には、伸張性収縮の要素を避けること、やむ負えない場合には、アミノ酸などの栄養素を摂取することによって、筋や腱へのダメージを最小限に抑えることなどの方法がある。「筋肉痛が起きるようなトレーニングでなければ、筋は強くならない」ということをいう人もいるが、これは全くの間違いである。