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第10回 子どもの最大酸素摂取量の発達

第10回 自伝的「健康とスポーツの科学」


運動中に酸素を体内に取り込むことが出来る最大能力は、最大酸素摂取量であらわされる。数分間の持続的な運動を行い、最大努力限界に達する直前1分間の呼気を採集し、その呼気容量と、酸素および二酸化炭素の濃度を計測することによって最大酸素摂取量が求められる。新鮮な空気には酸素が20.93%、二酸化炭素が0.03%含まれているが、呼気として体外に排出されるときには、酸素は約18~19%に減少し、二酸化炭素が約2~3%増加している。空気中には、約79%の窒素が含まれているが、体内に取り込まれても、変化せずにそのまま呼気中に排出されると考えられている。
自転車エルゴメータ(固定自転車)やトレッドミル(ランニングベルト)を用いた運動では、最大酸素摂取量は、呼気を連続的に採集し、途中経過を捉えながら最大酸素摂取量を計測することが普通である。運動の最終段階になると呼吸が激しくなるばかりで、実際の酸素摂取能力が頭打ちか、または低下している場合があるからである。
 アメリカの留学から帰国した私は、幼児期から青年にいたるまでの発育過程で、子どもたちの最大酸素摂取能力がどのように発達するのかを3歳児レベルから追跡測定する研究プロジェクトを開始した。
1973年にIBP(国際生物学事業計画)の研究期間が終了しても、さらに3年間の追跡研究を独自に継続させ、小学校4年生から積極的な運動を開始した子どもでは、中学生期にかけての急速な成長期での最大酸素摂取量の発達の割合が一般の中学生よりも大きいことを、50人規模の個人追跡研究の結果から明らかにした成果が、アメリカの一流学術誌(J.A.P)に掲載され、研究者としての注目度が高まった。この研究成果を、さらに幼児期からの発達経過で確かめることが狙いである。
 幼児を対象にした研究は、1980年から開始した。幼児期の運動活動のあり方が、その後の体力や運動能力にどのような形で影響していくのかを中学校卒業時まで追跡測定しようという計画である。幼児期は6ヵ月毎、小学・中学期は、1年毎に測定を繰り返して個人を追いかけていくのである。対象となる幼児は、三重県紀伊長島の長島幼稚園児、三重県久居市のすぎのこ保育園児、三重県津市の三重大学教育学部付属幼稚園児、静岡県浜松市のあすなろ幼稚園児、岐阜県高山市の高山短大付属幼稚園児とした。これらの幼稚園や保育園では、それぞれ独特の教育方針に基づいて幼児の教育が行われていた。たとえば、すぎのこ保育園では、年間を通した上半身裸保育で、亀の子たわしを用いた乾布摩擦(皮膚刺激)や冬季に2kmのマラソンなどが行われた。あすなろ幼稚園でも年間を通した上半身裸保育で、毎日の浜辺(遠州浜)マラソンが日課となっていた。長島幼稚園では、園庭に多くの遊具を設置し、それらを一巡するサーキットトレーニングが行われており、高山幼稚園では、広大な山の傾斜地を利用したフィールドアスレチック装置が設備され、子どもたちがフィールドアスレチックに取り組んでいた。一方、三重大学付属幼稚園では、そうした体育教育的な働きかけを行わずに、広い園庭で園児たちが思い思いに自由に遊ぶ教育方針が採られていた。
これらの幼児たちの最大酸素摂取量を測定するためには、大学の実験室を使う訳には行かない。測定の器具を車に積み込んで測定補助者の学生たちや数人の研究仲間の先生たちとともに幼稚園や保育園に出張し、周到な準備のうえに、手際よく安全に子どもたちに接しなければならなかった。一日に20人から30人、多いときには50人の幼児の体格やさまざまな運動能力を測定することが必要であった。
写真は、口と鼻を覆う呼気採集用のマスクを顔に装着し、胸には無線用の心電図電極をつけ、腰にはベルトで心電図発信装置を取り付け、ウォーミングアップ走に引き続いて1分間の全力走を行っている幼児の姿を示している。

幼児の最大酸素摂取量の測定風景

マスクの先には、長さ1mの伸縮性の蛇管(ホース)が取り付けられ、その先に呼気採集用のダグラスバッグが接続されている。伴走する学生は、ホースとバッグを持ちながら、全力走をする幼児の呼気をコック操作によって、正確に1分間採集する役目を担う。学生も大変で、中腰の姿勢のまま、幼児と一緒に走るのだが、入れ替わり立ち代り幼児を測定するので、1日の測定で10km近くを走ることにもなる。陸上部かバスケット部の学生でなければ勤まらない役割であった。