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力む運動、力まない運動

力む運動、力まない運動

小林寛道

スポーツでは、肩の力を抜いてプレーすることが求められる。肉体を使う仕事でも、いつも力んで行なっていては、やがて身体を損ねてしまう。芝居や芸能・芸術の世界でも、名人といわれる人には、体の使い方が普通の人とは違うものがある。体の芯がしっかりとしていて、外見はしなやかである。外見がいかにも強そうな人もいるが、強そうに見えなくても本当に強い人もいる。
スポーツの技は、力んで行っては上手にできないと教えられているにもかかわらず、力を抜いてプレーすることは難しい。ウェイトトレーニングなどでは、力を発揮しようとして力んでトレーニングする人が多い。トレーニング機器に立ち向かうとき、ほとんどの人が力んで力を発揮しようとしている。力んで力を発揮するトレーニングを繰り返しながら、実際のスポーツのプレーで力をぬいてといわれても、うまく抜けないのが普通であろう。

高齢化社会に入って、高齢者にも運動が推奨されているが、血圧が高い人には力みを伴うようなトレーニングは不適であろう。そもそも「力む」ということの正体は、いったい何なのであろう。いかにも俗な言い方ではあるが、「力む」「力まない」といったことに、真っ向から科学的なアプローチをしたことはなかったのではないだろうか。
欧米流の健康づくりでは、有酸素運動をレジスタンストレーニングが推奨されている。有酸素運動にしてもがんばりすぎないで、余裕を持って運動することが必要であるし、レジスタンストレーニングも無理せずにゆっくり行ったほうが健康づくりには効果的である。また、東洋では、「腹八分目」が健康の基本とされ、健康を保つ方法として、「調心、調息、調身」が大切とされてきた。調心とは、心を穏やかに保つこと、調息とは呼吸の調整、調身とは足腰を鍛える、と理解できる。東洋流の健康づくりは、心身のバランス(調子)を整えることを大切にした考え方をとってきている。

しかし、そうしたマイルドなやり方や生き方ばかりでなく、思い切って全力を振り絞って、本気で力を発揮したり、全力でダッシュすることもしてみなければ面白くない。
そうした「力む運動」「力まない運動」という、不可解に思える課題に対して、いったいどこまでアプローチ可能なのかを試みた。ここでは、「力まない運動」について考察した。
なお、詳細については、2008年度の体育の科学特集号を参照してください。

力まない運動とは

    小林寛道

1.力の発揮と筋活動

運動生理学の実験実習で、腕エルゴメータを用い、錘を持ち上げる運動を繰り返し行った場合、錘を持ち上げるために働く上腕二頭筋の筋活動の様子を筋放電量から観察すれば、持ち上げる錘の大きさと筋放電量との関係は直線関係にある。
持ち上げる錘が重くなればなるほど筋は強く収縮し、大きな筋力を発揮しなければならない。このように、単関節を利用した運動の場合は、強い力を発揮するには、筋を強く収縮させなければならない。
ところが、スポーツの実際場面では、「力んではいけない」と教えている。肩の力を抜いてプレーすることが求められる。相撲でも仕切り後の最初の当たりでも、肩の力を抜いて前に突進しなければならない。激しい技をもちいる武術の世界でも、「肩に力が入ってはいけない」と教えられる。
しかし、実際のところ、肩の力を抜いた状態でどのようにして大きな力や爆発的なパワーを発揮することができるのであろうか。
筆者自身の経験によれば、合気道の練習で、私があまりに腕力に頼った組み手を用いることから、指導者から力を抜くように指導され、その場で肩の力を抜いたところ、いささか床に投げつけられ、受身にも力が入らずに、うち所が悪く、首の骨を痛めてしまった苦い経験を持っている。肩の力を抜くと首もぐらぐらになってしまい、自分を防衛することもできなくなってしまう。自己の体の安全を防衛するためにも、首がぐらぐらになるほど力をぬいてしまうのは、いかにも危険である。首の骨を負傷して以来、力を抜いてしまうことを恐れ、しばらくは防衛のための力をひそかにこめて、技の掛け合いをする状態がつづいた。力の抜き方がわからなかった。こうした状態がしばらく続いたが、やがて力を抜いて自然に立ち、力を抜いて技をかけることが、本当の技の威力を高め、技の真髄に触れることができるということがわかってきた。それは、自分の筋力の衰えを感じ始めた50歳を過ぎてからのことである。

2.がんばるということ

日本の文化や教育では、がんばることが美徳とされる。
「力をこめて、精一杯、しっかりがんばる」「歯を食いしばってがんばる」「必死でがんばる」。これらの言葉は、日本人にとって、最も美しく、何よりの励ましや感動を誘う
およそ、スポーツや人生において、励ましの言葉、鼓舞する言葉、応援する言葉には、「力を入れる」ことに終始している。しかし、力を抜いて事に当たるということも、力んでがんばると同様に大切なことである。しかし、「力の抜き方」というものが実際には良くわからないし、その加減が難しいのである。
時には、力を抜くことをリラックスという言葉で表現する。リラックスという語には、「緩める」、「寛大にする」,「軽減する」、「くつろがせる」、「休める緩み」、「弛緩」、「緩む」、「和らげる」、という意味が含まれている。
日本人の感覚では、仕事や作業の手を休めて、「緩める」、「くつろぐ」、といった感覚があるが、仕事中に緩める、くつろぐという感覚はとりにくい。しかし、スポーツや運動では、ある作業をしている最中に、動作の中でのリラックスが図られながら、目的とする動作が遂行されなければならない。ここにリラックスされた状態で動作する難しさというものがある。

3.リラクセーションの効果

リラクセ-ション効果については、これまで生理学的および心理学的な視点から取り上げられてきた。①.筋肉をリラックスさせることによって、スピードと正確性をかねたプレーがエネルギー効率良く行える。②.精神的にリラックスすることにより、外部からの情報が正確に入手され、それに対して何をなすべきかの決定(情報処理)がスムーズに行われる。③.リラックスによって疲労回復が促進される。④.こころと身体は相互補完的な関係にあるので、たとえば身体的(精神的)にリラックスすれば、精神的(身体的)にもリラックスできる。(スポーツ科学辞典 遠藤俊郎)

関節には屈曲筋と伸展筋とが関節を介する筋として付着しているが、これらは拮抗筋と呼ばれる。通常、リラックスを説明するものとして、拮抗筋が例示され、屈曲筋が緊張する時には伸展筋がリラックスされ、伸展筋が働くときには屈曲筋がリラックスすると説明されている。これらは、一種の反射的な作用であるが、意識的に拮抗筋の一方をリラックスさせるためのトレーニングが有効である。ダンスのトレーニングでは、こうした拮抗筋のリラックス、または脱力が重要な課題となる。
神経生理学的には、骨格筋で伸張反射の発現に伴って、拮抗筋の運動ニューロンの活動が抑制され、この反射の起源が、Ⅰa群線維であることから、Ⅰa抑制とも呼ばれている。この拮抗筋抑制機構は、数多い脊髄反射の中で、その介在ニューロンが同定されたほとんど唯一の反射である。この反射機構の仕組みによって、主導筋の随意筋収縮に伴って自動的に拮抗筋の張力低下を主動筋による関節運動が一層効率よく行われることになると説明される。しかし、拮抗筋のリラックスが本質的な「力まない運動」の解決にはならないと考えられる。

4.大腰筋の発見

近年、体の深い部分に存在するボディーインナーマッスルに注目が集まっているが、その代表的な筋が大腰筋である。
大腰筋は、骨盤の中を通過して、脊柱(腰椎および第12胸椎)と大腿骨を結ぶ太い筋肉である。この筋は、骨盤の腸骨から起こり、大腿骨につながる腸骨筋を小転子周辺で一緒になって、大腿骨の小転子に付着している。また、脊柱起立筋は骨盤や脊柱から生じて、脊柱を支えている。体を支えている「屋台骨」というべき脊柱や骨盤を支える筋群が体幹深部筋(ボディインナーマッスル)である。
1990年代には、体幹深部筋という概念がきわめて希薄で、大腰筋という筋肉の存在すら多くの人にとっては知られていなかった。
この大腰筋が日の目を見るようになったのは、MRI画像が取られるようになり、目のあたりに大腰筋の大きさとその働きに注目が向けられるようになった。いま、大腰筋は、寝たきり予防や歩行能力、ランニング能力、および「おなかもっこり」に関連する筋肉として注目されているが、このブームともいえるトレンドを引き出したことには、筑波大学の久野譜也氏や、東京大学の石井直方教授の尽力がおおきい。
そもそも存在していた大腰筋の重要性や、その働きの多様さに注目されたことはなかった。そこで、私はあえて「大腰筋の発見」という語を用いた。
大腰筋は意識化することが難しいが、大腰筋を動作させる動きの内容や働きについては、かなり理解が進んできた。
この大腰筋をはじめ、体幹深部筋を働かせることによって、身体の動きのバランス保ち、身体の基本的な動きをコントロールすることが高いレベルで可能となったのである。それには、運動における身体や動きの軸の形成に、体幹深部筋の働きを意識して用いることが極めて有効で、体の深部から動きや姿勢のバランスを形成することで、「力まない」状態や「リラックス」された状態を容易に作りだすことができることがわかってきた。それには、日常的に用いている「斜体側肢交差型」神経支配とは異なる「同側型」神経支配といわれる神経支配を用いることが効果的であるといえる。

5.インナーマッスルトレーニング

身体の比較的表層部にあって、筋の存在をとらえることができる筋群は、アウターマッスルと呼ばれる。これに対して、深層部にあり、普段意識されることのない筋群がインナーマッスルである。インナーマッスルは、出力発揮能力は高くないが、関節の運動軸付近に付着して、関節を安定・固定させる役割を持つものが多い。代表的なインナーマッスルは、肩関節における回旋筋腱板(棘下筋、小円筋、肩甲下筋)である。これらの筋は、上腕骨の骨頭を、肩甲骨の関節窩に引き込み、骨頭を安定させる役割を持っている。肩関節周りのインナーマッスルは、腕を良く使う野球やラケットスポーツなどにとって重要であり、いわば、裏側から肩関節の動きを支える役割を果たすことができる。通常のトレーニングでは、肩関節周りの筋群を強化することは難しく、従来型の表層にある筋群を対象としたトレーニングとは別に、肩関節の回内・回外運動を交えながら、軽い負荷で繰り返しの多い肩関節運動を繰り返すことなどが行われている。
整形外科的には、インナーマッスルといえば、肩関節周りの深層筋をさす。そこで大腰筋や腸骨筋、脊柱起立筋、中臀筋など、体幹部(躯幹)を支える深層筋群をボディインナーマッスルと呼んでいる。ボディインナーマッスルを有効にトレーニングするには、そのための体操(大腰筋強化体操)や、腰部を大きく動かす動作の繰り返し、およびボディインナーマッスルのためのトレーニングマシンなどを利用することが効果的である。これらの筋群をトレーニングすることによって、身体の表層部にある筋群をリラックスさせて、力を抜いた脱力のできた状態にしても、しっかりとした姿勢を保つことができ、動きの軸も安定して作ることができることから、「力まない」技が可能となる。

6.呼吸法の大切さ

古来、力みすぎる動作は、初期の段階とされ、様々な職業的な技能、技術についても、肩に力が入り過ぎないで技を行うことが大切とされてきている。「肩で力まず、腰を使え」という教えは、いずれの道でも達人といわれた人の奥儀である。
呼吸の仕方についても、体の力みやリラックスと深く関係している。呼吸は普段は無意識的に行われているが、呼吸は意識的に調節することができる。このことから、呼吸の仕方について、呼吸の技法が取り入れられ、呼吸法というものが生まれている。呼吸の仕方には、胸式と腹式呼吸がある。これらの呼吸の区別は、息を吸ったときに、胸部が動くか腹部が動くかといったことによって区別されるが、それぞれの人の呼吸の習性というものに関係するとともに、姿勢の影響も少なくない。多くの場合、睡眠中は腹式呼吸となり、深い寝息や、のどの奥から吐き出される呼気の通過の際に生じる音がいびきとなって現れることがある。
呼吸の方法をわかりやすく分けてみると、胴体のどの部分がもっとも良く動くかということで判断できる。それは、他人が見て判断する場合もあるが、ほとんど自覚的な感覚で判断することができる。
胴体部分を上部、中部、下部に3分割してみる。胴体上部が呼吸によって最もよく動く場合が胸式呼吸である。胴体中部が動く場合が腹式呼吸、胴体下部が動く場合が丹田呼吸といわれるものである。丹田呼吸は、腹式呼吸の一つであるが、かなりトレーニングをしないと丹田呼吸を行うことができない。昔から、丹田呼吸は武術の心得の基本として、修練の科目とされてきているが、現代人では実際にはこれを行うことができる人は少ないと考えられる。呼吸は、基本的に横隔膜の運動であるが、これに腹筋の働きや胴体深部の運動感覚を働かせて、普段では意識されていない体幹深部または胴体の底部の筋の緊張と弛緩を交互に行うことによって、呼吸作用を行うのである。そのような呼吸作用によって、体内に存在する気体状物質を排出したり、運んだりすることができる。これらの気体状物質とは、具体的例として、「あくび」であったり、深い吐息であったりするが、なれてくるとそうしたものほかに「内気」と呼ばれるものの存在に気づいてくる。誰でも共通して感じられることであるが、「あくび」は単に空気の入れ替えというものではなく、「あくび」には、なにか内臓をふくめて体内で作られた気体状の物質が含まれている
緊張したときに、大きく息を吐くしぐさがスポーツ選手ばかりでなく、子どもでも見られるが、これは、緊張によって高まってくる体内の圧力を下げる効果があり、無意識に行われることもあるが、緊張を解いたり、肩の力を抜くために意識的に行っている仕草である。これも呼吸法の一つであるが、このときに体幹の深い部分に意識が届くことによって、身体表層の筋群のリラックスが図られる効果が生じると考えられる。

7.なぜ肩の力を抜かなければならないか。

武術の世界では、「強いパワーを発揮するには、全身放鬆といって、全身をリラックスさせなければならない。そうすることによって、本当に必要な箇所に力を集中できる」と教えている。力の集中とは、パワーの発揮を意味するが、基本的にはエネルギーの集中的な発揮であり、それは「エネルギーの流れ」すなわち「エネルギーフロー」を意味する。エネルギーには内的エネルギーと外的エネルギーとがあり、外的エネルギーは、外に発揮されたエネルギーで、比較的計測が容易い。内的エネルギーとは、体内で発揮されるエネルギーで、計測が極めて難しい。ランニングの場合は、内的エネルギーがおよそ30%であるとされている。大きなエネルギーを発揮するためには、効率の良い内的エネルギーをできるだけ高めることがスポーツでは大切であるように思われる。基本的には、内的エネルギーを高め、内的エネルギーを集中的に発揮することによって、大きな外的エネルギーに変換するということがある意味でスポーツの醍醐味であるといってよい。
この内的エネルギーを体内に高め、それを集中して発揮する能力が国際試合などで発揮される勝負どころとなる。外国の一流選手では、そうした勝負どころでの集中したパワーを発揮する優れた能力をもっていることが多い。日本の選手では、そうした集中したパワーの発揮をできる選手が比較的少ない。
こうした能力は、内的エネルギーの集中的発揮であるということがいえるであろう。
外国選手では、そうした能力に優れ、日本選手では、そうした能力に劣る面があるのだろうか。これには、国際試合などの持たない選手では、緊張によって内的エネルギーをコントロールすることができなくなってしまう状況に遭遇してしまう。それは、精神・心理的要素として心理的立場から検討が加えられてきた。

一方、内的エネルギーを高めるトレーニングということも行われなければならない。一般的に、こうした内的エネルギーをどのようにして高め、それを集中して発揮させるかといトレーニングは、あまり行われていない。しかし、武道の世界では、そうしたトレーニングが行われることが珍しくない。たとえば、空手のかわら割りや板割りなどの場合には、このようなトレーニングが行われる。精神を統一してエネルギーを発揮するのである。こうしたトレーニングでは、呼吸を整えることが必要であり、呼吸法は重要な手法となる。

実際のパワーの発揮には、筋力  体幹深部筋が重要である。名人といわれる多くの人では、体の深部筋を代表する大腰筋が良く発達しているということを見ても、深い筋肉を使うからだの使い方が、力まない技には必要である。
肩があがった体の形では、呼吸が胸式呼吸となってしまい、真のパワーが発揮できない。腕の重みが感じられるほど肩の力を抜くことが技の第一歩である。

                              (2008体育の科学 掲載)