ランニングの技法は、時代とともにかなり進歩している。ランニング技法の変遷には、走路条件が変わってきていることも関連している。また、これに伴いトレーニングの対象とされる筋群にも変化が生じている。
ランニングの競技力向上を図るために強化のターゲットとされた筋群の歴史的過程ランニングテクニックと走路(サーフェス)の関係
土のグラウンドを走るためには、針の長いスパイクを用い、ももを高く上げて後ろ足でしっかり地面蹴る動作が強調された(スタイル1)。全天候用トラックの出現により、弾力性を持った走路面に適合するようにハムストリングの強化が必要とされた。ハムストリングスが弱いと、肉離れが試合中にしばしば生じていた(スタイル2)。モーリスグリーン選手の出現によって、走りのスタイルに変化が生じ、脚全体を大きく早く回転させるためには、体幹部の筋群を有効に使うことが必要であることがわかってきた。2000年シドニーオリンピックでは、体幹深部筋(大腰筋)の重要性が、NHK世界最速の秘密という番組でも紹介され、大腰筋が注目されることになった(スタイル3)
大腰筋からインナーマッスルへの発想
大腰筋をはじめ、現在インナーマッスル(深層筋)と称される筋群をどのように強化することが良いのかは、多くの人たちが考えいろいろな方法が工夫された来た。スプリントトレーニングは、そうした発想の一つとして位置づけられる。
カール・ルイスの走法の軌跡
1991年に東京で第3回世界陸上競技世界選手権大会が行われた際、カール・ルイス選手は100mに9秒86の世界記録(当時)を記録した。この時のトップスピードが出た60m付近に脚の運びを横から見た時の、足(くるぶし)、膝の動きを、大転子(太ももの付け根)を固定点として相対的に描いたものが左図である。
車輪の考え方を導入
カール・ルイスの脚の動きをなぞるような動きを行っても、分析図からなかなか実際の動きに結び付けることが難しい。そこで、基本に立ち返り、最も速く動くことができる道具や装置は、「車輪」であることから、車輪の動きとカール・ルイス選手の動きを結びつけるヒントを探った。
車輪の回転と脚の動きの関係
車輪の動き(軌跡)をなぞるように脚を動かす運動は、自転車のペダリングである。ペダリング動作を「走り」の動作に結び付けるためには、「歩幅」に相当する距離の移動が必要である。歩幅を確保しながら、足を「車輪」のように動かすトレーニング装置ができれば、「車輪」の動きを生かした走りの基本を身に着けることができるはずである。
スプリントトレーニングマシンの試作機(第1号)
車輪の動き(ペダリング動作)と歩幅の原理(動力によるペダル回転軸の前後距離移動)の二つの要素を備えたスプリントトレーニングマシンが、1995年に完成した(第1号機)。
スプリントトレーニングマシン動作中の足首、膝、腰の動きの軌跡
足首(踝)、膝、腰(大転子)の部分に豆電球(反射板の代わり)を取り付け、スプリントトレーニングマシンで動作中の動きをとらえた。被験者は、スプリントトレーニングマシンの動作技術に優れた人でである。豆電球をつけた部分の動きは、周囲を暗くしているので、白いラインによって表現されている。この結果、足首や膝の動きばかりでなく、腰(大転子)の部分が動いている様子がとらえられている。大転子の動きは、骨盤の動きを伴うものであるから、スプリントトレーニングマシンで上手に動作するためには、骨盤を上手に動かすことが必要であることがわかる。骨盤の動き方を観察すると、骨盤の動きを生じさせる体幹深部筋の働きが大切であることが理解できる。このことから、体幹深部筋の大腰筋の働きなどが注目されるようになった。実際のランニングでも、骨盤を動かす体幹深部筋を有効活用することが、円運動を基本とした理想的なランニングには必要である。
100m11秒5の選手が短期間に10秒9に。
スプリントトレーニングマシンを用いて、東大陸上部の部員をトレーニングしたところ、100m11秒5がベスト記録であったI君が、短期間のうちに10秒9に記録を伸ばした。
5000m記録の変化
東大陸上部の新妻選手は、大学在学中に5000m記録を15分00秒から14分03秒まで向上させた。新妻選手は、スプリントトレーニングマシンの原理をよく理解し、自らのランニング技術に取り入れて記録を向上させた。短距離の記録向上を目指して開発されたスプリントトレーニングマシンであるが、長距離種目でも走技術の基本は同じであることがわかる。
高校女子選手のSY選手は、高校2年から週1回スプリントトレーニングマシンを用いたトレーニングを取り入れ、800m記録を伸ばした。大学進学後は、全日本学生選手権大会で1500m、5000mに2種目優勝し、実業団に就職した。高校時代に、スプリントトレーニングに取り組まなかったSY選手の同僚であるB選手は、同時期に記録の向上が認められなかった。