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武蔵野大学における「スポーツと身体科学」

武蔵野大学では、2020年4月から、従来の「健康体育」(体育実技)に代わって、「スポーツと身体科学」という新名称で授業を開講することになりました。この新授業開設の意図や、授業についての理解を深めるために、2020年1月30日に公開シンポジウム『「健康体育」から「スポーツと身体科学」へ』が開催されました。この文は、基調講演の内容を演者自身が記述したものです。

武蔵野大学シンポポスター
武蔵野大学ニュース

なお、本稿と関連のサイトには、以下のものがあります。
「十坪ジム」講演会 「十坪ジムと禅」
「十坪ジムと禅」 その2

基調講演
本学における「スポーツと身体科学」の理念
小林寛道 (武蔵野大学客員教授)

日本は、世界一の長寿国であり、平均寿命は男性81歳、女性88歳で、100歳以上の超高齢者7万人を超え、近い将来100歳以上生きる人は10万人を超えると予想されます。
最近では、年金問題が話題になっていますが、現役で働く生活が75年または生涯現役が要求される時代になります。
多くの知識や知能はAIにとって代わられ、作業や労働はAIにコントロールされたロボットによってなされるようになります。そうした時代において、これからの人(学生)が人間として生きていくうえで重要となるテーマは、どれだけ知識を持っているかといったことではなく
身心の健康と「生き甲斐」の充実であると考えられます。
 
新しい授業科目名の「スポーツと身体科学」では、「座禅」「ヨガ」「筋力トレーニング」「合気道」「スポーツ」を実技内容とすることが特徴であるといえます。
「座禅」は呼吸法、姿勢、精神、瞑想などにかかわる精神的な文化であり、
「ヨガ」はさらに身体深部からのさまざまな動きの要素を生かす身体的文化です。
「筋力トレーニング」は、筋肉の構造や機能の強化をはかり、「スポーツ種目」は、体を活動させ、汗をかき、様々な精神的作用を高揚させます。
「合気道」は日本発祥の武道であり、柔術、剣術などの技、護身の技を含み、身心鍛錬の武術として「気」を充実させることにも有効です。
 
東洋の健康法と呼吸

一般に、健康の保持増進を図り、運動能力を発達させるためには、
「有酸素運動」「筋力トレーニング」、「スキルトレーニング」、および「精神・心理的なメンタルトレーニング」などが必要と考えられています。
「有酸素運動」は、1968年アメリカのケネス・クーパー博士によって提唱された「エアロビクス」によって世界的に広がりました。
「筋力トレーニング」は1930年頃からの肉体美を誇る「ボディビル」に端を発して、「マッスル・ストレングス(筋力)トレーニング」が1960年代から競技スポーツ選手に広く行われるようになりました。
1980年頃に、ボブ・アンダーソンが提唱した反動動作を用いない「ストレッチング」は、スポーツ界ばかりでなく理学療法の分野でも取り入れられるようになりました。

こうした欧米流の発想に基づく運動とは異なり、東洋には、ヨガ、座禅、太極拳、気功(導引)、といった心身の調整を主目的としたものがあります。
私は、1976~78年(今から40年ほど前)にアメリカに留学しましたが、有酸素運動やマッスルトレーニングが大流行の中で、一方では、精神的な安定や東洋的思考を求める潮流があり、「yoga(ヨガ)」や「meditation(瞑想)」、「zen(禅)」の教室があちこち目につき、東洋的な護身術や武術の心得を持った空手、カンフー、柔道などの有段者(ブラックベルト:黒帯)をレスペクト(尊重と憧憬)する雰囲気が感じられました。
そこで、東洋的な身体文化の国際化について、少し歴史的に振り返ってみたいと思います。
人名については、お手元の資料をご参考ください。この講演では、お名前の敬称を略させていただきます。

アメリカでは、1900年に新渡戸稲造(1862~1933)が英文の「Bushido: The Soul of Japan」(武士道)と題する著作を発表し、流麗な英文で書かれたこの本はドイツ語、フランス語、に翻訳されてベストセラーとなり、1908年に日本語にも翻訳され、今日まで世界で長く読み継がれています。
武士の生活や精神の規範を記述した「Bushido」は、ルーズベルト大統領や世界の人々に大きな感銘を与えました。新渡戸稲造は、武士道とは「武士の掟」すなわち「高き身分のものに伴う義務」(ノーブレス・オブリージュ)であると述べています。
    
鎌倉円覚寺の釈宗演は、1893年(明治26年)シカゴで行われた世界宗教会議で初めて欧米に禅を紹介しました。釈宗演は、国内外で禅の布教に努め、夏目漱石、徳富蘇峰をはじめ多くの著名人が参禅し、大正時代に禅ブームが起こりました。
釈宗演の指導を受けた鈴木大拙(1870~1966)は、1897年に渡米し、アメリカの東洋学者ポール・ケーラスが経営する出版社「オープン・コート社」に勤め、英訳「大乗起信論」(1900)、「大乗仏教概論」をはじめ、「禅」についての著作を英文で表し、日本の「禅文化」を広く海外に紹介しました。鈴木大拙の100冊の出版のうち23冊が英文で書かれています。
1950年から8年間にわたってアメリカ各地で仏教思想の講演を行い、アメリカ上流社会に禅の思想を広める立役者となりました。

私は、アメリカ留学中に、日本人でありながら東洋的な身体の技法や知恵を持っていないことに気づき、帰国後35歳から、当時勤務先であった名古屋大学に合気道本部道場から指導に見えておられた山口清吾八段の指導を受けて、合気道の練習を開始しました。
山口清吾八段は、合気道の創始者である植芝盛平の直弟子であり、「その技の冴えは清らかで次元の高い美しさを持つ」という評判の先生でした。
私は43歳で3段になり、1986年に東京大学に赴任してからは、体育実技の中に合気道の授業を開設し、週に2~4コマの合気道の授業を18年間指導しました。スポーツコースの中で武道系の授業はこれまでなかったので、人気授業となりました。
この授業を通して、現代の若者は、西洋的なスポーツの身体の使い方(手と足の斜対側型動作)に慣れており、東洋の武術では基本的な「ナンバ的な動き」すなわち「手足と体幹を同じ方向に動かす同側型動作」の神経支配が大変難しく、なかなかできない学生が多いことに気づきました。
 
身体の動作、すなわち身体操作法というべき動作神経支配は、脳の働きと非常に関連しており、私の授業を受講したある学生は、「東大の授業の中で最も頭を使ったのは、合気道の授業でした」という感想を述べたほどです。
複雑に体を動かすことは、座学だけでは得られない脳の働きを活性化し、脳に新しい回路を形成することになります。この点においても、複雑な技から成り立っている合気道のような運動は大きな価値をもつと考えられます。 

1970年代のアメリカは、ベトナム戦争が終了し、カーター大統領が就任して物質的に豊かな時代であったといえます。
しかし、「肥満」、「心臓疾患」、「運動不足」の問題のほかに、精神的な「鬱」や、子どもへの「虐待」など、当時の日本では考えにくい様々な社会現象が生じており、これらは、今日のわが国に生じている社会現象の先駆け的なものとしてとらえることができます。
コンピュータやスマホを生活活動の必需品とする近代文明が、その便利さの代償として、「何か必然的な負の要素」を人間に与えていると観察することができます。
こうした方向に進まざるを得ない現在および将来社会の中で、次世代をになう人たちが、人間としての生きる知恵と方法を身につけることは、極めて重要な意味を持つといわざるを得ません。
  

ヨガ、禅というものは本来宗教的なものであり、神仏への尊敬と信仰にもとづく「修行」によって「解脱」をはかり、「その世界観と一体化する」ことがめざされるものだと考えられます。
しかし、ここでは、「身体科学」という視点を加えながら、「心身の健康を高める一つの方法」という事で話を進めることにします。

東洋の健康法とヨガ、禅、気功(導引)、あるいは「東洋的武術」といったものを「健康」という観点から調べてみると、究極的に「呼吸」というものに行きつくように考えられます。
そこでは、いずれも意識的な「呼吸の調整」が非常に重要視され、大きな役割を演じています。

  呼吸法にはいろいろな種類や様式があります。しかし、ヨガ、禅、気功(導引)に基本的に共通していることは、「息をゆっくりと深く吐く」という事です。通常の呼吸では行うことが無いような、「ゆっくりと深く息を吐きだす」という事が、生理学的にも大きな意味をもっています。

通常はゆっくりしたリズムで呼吸をしていても、身体の調子が悪かったり、精神的なストレス要因で無意識的に呼吸が浅く、速くなっていることがあります。
現代人は、呼吸が浅くなっているのではないかという指摘がされることもあります。
通常、我々は一分間に15回から18回の呼吸回数となっていますが、呼吸法を用いる場合には、鍛錬者では一分間に1回から3回ぐらいにコントロールされます。本格的なヨガの行者(修行者)では、一呼吸するのに2分から2分30秒の時間をかけ、息を吸うことよりも、息をゆっくりと吐きだすことに多くの時間が配分されます。

 このように、「息をゆっくりと深く吐く」という行為では、身体の「意識」が集中され、呼吸筋をはじめとして、「腹筋や胸部の筋肉が静かに収縮し続ける」という働きが生じます。呼吸を意識的に調節すると、身体が熱くなるという人がいます。これは呼吸筋や腹筋、背筋が持続的に収縮することによる、「筋の熱発生」のためと思われます。
  
 息を吐く時には腹部や胸部の容積が小さくなり、息を吸う時には筋が緩み、リラクセーションが起こります。このことから生じる、内圧の変化や感覚的な刺激は、中枢神経系や内臓を支配する自立神経系を刺激する要因となっています。
 我々は、酸素20.93% の濃度を持った空気を肺の中に吸い込み、吐き出すときにはこの酸素濃度が18%程度に落ちています。普通の呼吸において、呼気の最後の部分の酸素濃度を瞬間的な濃度測定装置で測定すると、16%程度になっています。ところが、意識的な呼吸によって、肺の中にある空気をゆっくりとすべて吐き出すようにすると、最後の方の息の酸素濃度は12~13%になっています。すなわち、深く吐きだされた最後のほうの息では酸素濃度が薄くなっている。

 名古屋大学の宮村たちは、ヨガの深い呼吸法を行っているときの動脈血の酸素濃度と二酸化炭素濃度、水素イオン濃度を調べて報告しています。
 ヨガ歴が長い人を対象として、50 秒に一回程度の呼吸が行われた場合を調べていますが、その実験データによると、呼吸法を行った場合には、動脈血の酸素分圧が安静時では100mmHgあるところのものが、極端な場合には60mmHgにまで低下し、二酸化炭素分圧は通常40mmHgであるものが50mmHgにまで上昇する状態が生じています。この変化は大変なもので、動脈血の酸素分圧や二酸化炭素分圧は、激しい運動を行ったとき以上に大きく変化しているという事が注目されます。
これはまるで「高地トレーニング」や「低酸素環境」で激しく運動した時のような変化です。
 
身体感覚と「気づき」

ヨガでは三つの大切なことがあるとされています。それは、①体操、②呼吸、③瞑想、です。ヨガではこの体操、呼吸、瞑想が三位一体となって溶け込んでいるということを、宗教学者、哲学者(インド哲学)であった佐保田鶴治(元大阪大学教授)(1899~1986)は述べています。
①動作は極めてゆっくり行う。②動作を呼吸に合わせて行う。③常に意識を自分の内部に集中させる。④緊張と弛緩の滑らかな交代に心を配り、特に弛緩(リラクセーション)を大切にする、ということです。
 
 一方、禅では修行の要目として、①調身、②調息、③調心、があげられ、身体と呼吸と心とを整えることが大切だとされています。
 フランスでヨーロッパの人たちに禅を教えていた曹洞宗の僧侶、弟子丸泰仙(1914~1982)は、①禅を行うときの姿勢、②丹田呼吸(下腹に力の入った呼吸)、③瞑想、というものを禅の柱としています。弟子丸は、丹田呼吸を行うときは、腰で下腹を押すようにして、出る息に集中し、横隔膜の働きを活発化するように、と指導しています。

 日本の武道では、この「丹田呼吸」というものを重視してきています。「相手に向かうときは出る息に気を入れて下肢に力を入れ、静かに間合いを取り、相手の隙を狙うことが大切だ」とされています。
「息を吸うときは相手に気づかれないようにし、できるだけ短く、深くして油断せず、次に再び息を吐きだす」、ということが武道書などに書いてあります。

 座禅は、こうした日本の武道とも深いかかわりを持っています。
弟子丸は、『座禅時の呼吸は、「身体と心を一体とする」ことで、全身の細胞に新しい生気を与え、生命力の根源となるものである』、と述べています。さらに、座禅の姿勢に入ると、筋肉の緊張度を調節することによって、「意識」をコントロールするので、身体感覚と結びついた「深い無意識」が呼び覚まされ、それまで心の底に潜んでいた「想念」が意識のレベルに浮かんでくる、と語っています。

 ここで注目しなければならないことは、姿勢をきちっと整え、筋肉をある程度緊張させ、その緊張度を調節することによって「意識」をコントロールするということです。
ここで、「身体感覚と結びついた意識」ということに触れてみます。

 私たちは、日ごろ生活しているうえであまり身体感覚といったことを意識してはいないようです。身体感覚というと、体がだるいとか、おなかが痛いとか、頭が痛いとか、身体が何か調子が悪かったり、痛かったりすることによって感じられることが多いといって良いかもしれません。

私たちは、スポーツや運動をしたときに身体感覚を体験しますが、その身体感覚は主として動いている運動器からの感覚です。じっとしているときには、あまり身体感覚を味わうことは少ないようです。

 ところで、あまり激しい動きを伴わずにじっくりと身体感覚を味わわせてくれる運動が、ストレッチングであり、ヨガの動作です。
ヨガでは、反動動作を使わずに、筋や腱を引き伸ばすこと、姿勢や呼吸をコントロールすることによって、身体の柔軟性を高め、疲労の回復を速め、関節をはじめとする運動器の障害予防や、内臓の機能向上にも役立つという効果が広く認められています。
  ゆっくりと身体の筋肉や関節を引き伸ばすストレッチ動作やヨガの姿勢を保持することは、筋肉の存在やその状態についての感覚、あるいは身体の硬さ、柔らかさという感覚、そうした普段気づいていないようないろいろなフィーリングを体感させてくれます。
 こうした「身体感覚」というものは、普段は気づかないでいることに気がつき、それを感じ取ることができるという意味において、「気づき」という言葉で表現される内容のものだといえます。

「気づき」という言葉は、哲学の分野では「身体観」などに関して用いられていますが、英語では「awareness」という語で表現されます。
  「息をゆっくり深く、時間をかけて吐く」ということを基本にした呼吸法によって、だれでもが身体の深部への「気づき」を深めていくことが可能であると思われます。
 身体深部での「気づき」の刺激となる横隔膜の運動、腹筋をはじめとする体幹の筋の収縮と弛緩、およびそれらの運動によって生じる体内圧の変化などが、東洋的な「気」を知る引き金にもなっているのではないかと考えられます。

 ところで、呼吸法を用いて瞑想するヨガや座禅の究極的な境地というものはどのようなものであるのでしょう。

 鎌倉時代に曹洞宗を開いた道元(1200~1253)による「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」という書物で、その境地について、「身心脱落し、身体と精神が一体、すなわち(身心(しんじん)一如(いちにょ))となり、座禅の身心が宇宙と一体となり、宇宙そのものであると悟ることだ」という意味のことが述べられています。
ヨガにおいても「解脱によって魂の真の解放をはかり、宇宙と融合することが大切である」とされています。
禅でもヨガでも、「宇宙」ということがでてきます。すなわち、「身体の深い『気づき』を通して、身心が宇宙の生命力と一体となることが体感できるようになる」と解釈することができるでしょう。
 こうした宇宙との一体感というものは、瞑想と呼吸法によってのみ生まれてくるものではなく、武道の達人はそうした宇宙との一体感という心の状態を体感しています。

 合気道の創始者である植芝盛平(1883~1969)は、「合気道の極意は、己を宇宙の働きと調和させ、己を宇宙そのものと一致させることにある。合気道の極意を会得したものは、宇宙がその腹中にあり、『我は即ち宇宙』、なのである。私はこのことを『武』を通じて悟った」と記しています。そして、宇宙の生命力、宇宙創造の神といった存在と自らが一体化した時の精神状態として、ありがたいという気持ち、すがすがしさ、快さ、そして生命力の本質としての愛とこだわりのない心の状態、感謝の気持ち、といった身心の状態が示されています。

 「ああ・・・ありがたい。なんとすがすがしいのだろう。快いなあ。何か大きな愛を感じる。心には何のこだわりもない。そして何とも言えない感謝の気持ちが生まれてくる」。これが宇宙の生命力と一体化した時の精神のあり方なのだというわけです。

こうした禅、ヨガ、合気道の達人が到達した精神的境地というものは、名人になって初めて到達できるという考え方がありますが、それはステージ即ち段階の問題だといえます。
坐禅やヨガを修行して、誰でもが「解脱」の段階に到達することができるとは限りません。そこにはそれなりの時間やトレーニングというものが必要です。
しかし、坐禅やヨガ、合気道といった行為を少しでも体験し、その「行為」から生じる高い段階の精神的、身体的ステージへの道筋を感じ取ることができれば、その先は自分自身の努力によって精神的・身体的な調整を行うことができる可能性が大きくなると考えます。
そうした道筋があることを知っているのと、全く知らないのでは大きな違いがあるのです。

筋のパワーと心身の調整

筋肉を鍛え、パワー発揮能力を高めることが競技力を向上させるために重視されます。
近年では、筋力トレーニング用のマシンやバーベルなどをもちいて筋力を鍛えることが競技スポーツ選手ばかりでなく、スポーツ愛好家や健康づくりを目指す人にとって不可欠なものとなっています。高年齢になっても筋肉の衰えを防ぐことは健康長寿を実現するうえで必須の要件となっています。
近年では、皮膚表面に近い浅層筋(アウターマッスル)ばかりでなく、体の深いところに位置する体幹深部筋(インナーマッスル)を鍛えることの重要性が認識されてきています。しかし、アウターマッスルに比較して、インナーマッスルは鍛えにくいということがあります。体の表面に比較して、体の深い部分に存在する筋肉を意識化することが難しいからです。

 一方、東洋の武術、武道では、身体の表面に近い筋肉をリラックスさせて、体の芯からの強さを充実させるということが、鍛錬の本質であると考えられています。
合気道の技では、アウターマッスルによるパワー発揮ではなく、体の深いところに位置するインナーマッスルを有効活用することが真の技を磨くうえで必要です。山口清吾八段は「裏筋肉を鍛える」と表現しておられました。このことは、インナーマッスルを鍛えなければ技の上達は図れないという意味であったと思われます。
合気道の技には、インナーマッスルを鍛える重要な要素が多く含まれています。

文部科学省の学習指導要領「生きる力」では、第9節体育、第1.目標、として次の文言が記述されています。
「心と体を一体としてとらえ、適切な運動の経験と健康・安全についての理解を通して、生涯にわたって運動に親しむ資質や能力の基礎を育てるとともに、健康の保持増進と体力の向上を図り、楽しく明るい生活を営む態度を育てる」。
この小学校児童を対象とした学習指導要領は、教員による指導の内容を示したものでありますが、
「心と体を一体としてとらえ」という言葉には、道元が「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」で示した「身心一如(しんじんいちにょ)の思想が入っていると考えられます。

武蔵野大学の「スポーツと身体科学」の授業では、西洋発想的なスポーツおよび筋トレを含む身体トレーニングに加え、東洋的発想に基づく座禅、ヨガ、合気道、を取り入れ、「心身の鍛錬」と「心と体の調和」、および「健康に生きる生命力」を高めることができる貴重な教育の機会にしたいと考えています。  (了)

補助資料
基調講演 本学における「スポーツと身体科学」の理念 
演者 小林寛道 (武蔵野大学客員教授・東京大学名誉教授)

講演内容の補助資料 「人名(敬称略)」と「キーワード」

1. ケネス・クーパー 1968年エアロビクス(Aerobics)を出版 有酸素運動を推奨。
2. ボブ・アンダーソン 1980年 反動動作を用いない静的「ストレッチング」を提唱。
3. 新渡戸稲造(1862~1933)1900年 英文「Bushido: The Soul of Japan」(武士道)を出版。 
4. 釈宗演(1860~1919)鎌倉円覚寺派管長.1893年シカゴ世界宗教会議で禅を紹介。
5. 鈴木大拙(1870~1966)英文で禅文化を世界に紹介.英文「大乗起信論」「大乗仏教概論」他23冊。
6. 山口清吾(1924~1996)合気会本部道場師範(最高位9段)植芝盛平の直弟子。
7. 植芝盛平(1883~1969)合気道創始者(開祖).合気道を柔道、空手につぐ国際的武道に育成。
8. 佐保田鶴治(1899~1986)宗教学、哲学者.著作「ヨーガ根本経典」「ヨーガ禅道話」。
9. 弟子丸泰仙(1914~1982) 曹洞宗僧侶 フランスで禅を布教.1970年国際禅協会設立。
10. 道元(1200~1253) 曹洞宗開祖 著作「正法眼蔵」(しょうぼうげんぞう)、「身心一如」(しんじんいちにょ)

用語
1. 平均寿命 男子81歳、女子87歳、 100歳以上の長寿者7万人(近い将来に10万人以上)
2. 一般的な健康づくり(アメリカスポーツ医学会)は、①有酸素運動、②筋トレ、を推奨。
3. Bushido(武士道)とは、「武士の掟」、「高き身分の者に伴う義務」(ノーブレス・オブリージュ)。
4. 運動動作の神経支配:①斜対側型動作(普通歩行時の右手と左足の関係)、②同側型動作(ナンバ的:歩行時の右手と右足、右腰が同じ方向へ)
5. 宗教的「解脱」(げだつ)、「修行」(しゅぎょう)
6. 東洋的健康法:ヨガ、禅、気功(導引)(気功のもとは導引とよばれ、殷の時代に始まる)。
7. 空気中の酸素濃度20.93%、二酸化炭素0.03%。通常の呼気中の酸素濃度は18%程度。
8. 動脈血の酸素分圧は、通常100mmHg. 二酸化炭素分圧は40mmHg.
9. ヨガの三位一体:①体操、②呼吸、③瞑想
10. 禅の修行の要目:①調身、②調息、③調心
11. 丹田呼吸(下腹に力の入った呼吸)
12. 「身心一如」(しんじんいちにょ)。身体と心を一体とする。
13. 「意識」、「深い無意識」、「想念」
14. 「身体感覚」、「気づき」(アウェアネス:awareness)
15. 浅層筋(皮膚に近いところにある筋肉:アウターマッスル)、深層筋(体幹深部にある筋肉:インナーマッスル 例:大腰筋など)
16. 文部科学省小学校学習指導要領(生きる力)。第9節体育 第1.目標:「心と体を一体としてとらえ、適切な運動の経験と健康・安全についての理解を通して・・・・」
                            以下余白



  2020年1月30日  於:武蔵野大学