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スプリントマシンと骨盤と大腰筋 その2

スプリントトレーニングマシンでトレーニングする場合、その動きの原理や使い方についての知識を持っていると、トレーニングの意図や効果をより深く理解できると思います。
「速く走る」ことについて、チーターの走りを参考にすると良いといわれます。
動物の場合も大腰筋や腸骨筋が大きな役割を果たしています。大腰筋は、脊柱の第12番目の胸椎と第1~5腰椎を起始とし、大腿骨の小転子を停止としています。ヒトの場合と同じです。大腰筋は、骨盤の腸骨を起始とし、小転子を停止とする腸骨筋と骨盤内で一緒になっているので、腸腰筋とも呼ばれます。
動物の腸腰筋は、①股関節を屈する、②膝関節を外側に回転させて後肢を前進させる、③脊柱を屈曲させる、④体幹を尾側方向に引き寄せる(後肢が伸展状態にある時)、などの働きをします。
JPEGチーターの腰部の動き 

 図1 チーターの腰部と体幹の動き (腰部が丸くなって後肢が前に引き上げられ、キック後には腰部と脊柱はしっかり伸ばされる)

チーターは、腰部の柔軟な屈曲動作が、股関節周りのすばやく滑らかな回転動作を可能にし、体幹の伸展動作と合わさって下肢の強力なキック動作を生み出していると考えられます。
ヒト(人)もチーターの動きに学んで、脊柱と腰部(骨盤を含む)の柔軟性を持つことが大腰筋の働きを走りの動作に生かすことができると思います。
逆な言い方をすれば、脊柱や腰部(骨盤)の動きが柔軟でなければ大腰筋を生かした動きを創りにくいという事ができます。
 そこで、「十坪ジム」「QOMジム」のトレーニングでは、脊柱と腰の柔軟性を高めるために、「すり足動作型トレーニングマシン」を利用して、両手で前手すりをつかんで、①お尻を突き出し、腰をそらせた「馬型」姿勢(図2のA)、②背中は軽く伸ばしたままで腰を丸めた「豹型」姿勢(図2のB)、③背中と腰を丸めた「チーター型」姿勢(図2のC)を、すり足動作をしながら、それぞれ1~2分ずつ繰り返し行うようにしています。
この動きは、トレッドミルのベルト上での大股でゆっくりした足運び動作によっても行うことができますが、この場合、ゆっくりした速度(時速2~3km)で、前手すりをつかんで行います。体の前傾角度は、水平から斜め30度ぐらいの範囲で行います。
 この動きの究極的な目的は、脊柱を構成する脊椎骨の一つ一つを滑らかに動かすことができるようにすることです。体(脊椎)を波が伝わるように順番に波打たせて動かせるようであれば、背骨の一つ一つが動かせている証拠になります。
「馬型」「豹型」「チーター型」のポージングを立位動作で連続的に行えば、背骨の「波打ち動作」ができるようになります。
JPEG馬豹チーターの比較図ライン入り 図2 脊柱と骨盤の使い方(馬型、豹型、チーター型)

脊柱の骨盤の前後方向(正面・背中側)の柔軟性を高めるとともに、骨盤の横向きへの柔軟性を高める必要があります。腸腰筋(大腰筋と腸骨筋の総称)は、骨盤内から股関節の内横側を通ってねじりこむように大腿骨の小転子に届いています。このことは、骨盤が正面向きになったままであるよりも、骨盤を正面から横に向かって回転した形になった時に、引き伸ばされて、その効果がより強い働きを生じるようになると考えられます。動物(チーター)のように、下肢と腰部がしっかり伸ばされた姿勢から、下肢と腰部を体幹に引き付ける動作を行うときに大腰筋は特にその威力を発揮するということがわかります。
したがって、大腰筋を有効に活動させるためには、大腰筋(腸腰筋)が引き伸ばされるような姿勢を作って刺激し、関連の筋群とともに、実際動作でその実力が発揮できるようにトレーニングする必要があるわけです。
JPEG前後開脚での骨盤開き 図3 前後開脚姿勢での骨盤の横開き動作

図3に、股関節の柔軟性を高める前後方向への開脚姿勢をとった時の骨盤の動かし方を示しました。この開脚姿勢は、足で支える部分が曲面になっている「大股ストレッチマシン」に乗った場合を現しています。通常の前後方向への開脚姿勢では、骨盤はまっすぐに正面を向けて行います(図3のA)が、この姿勢からゆっくりと後ろ脚側の腰を後ろ脚側に回転させます。この時、上体を腰と一緒に回転させると簡単に骨盤は回転しますが、できるだけ肩や腕の位置を変えないで、骨盤だけをひねるように後ろ方向に回転させるようにします。これは、「骨盤の横捻り動作」とも表現できます。すると、骨盤の横幅分だけ股関節の前後方向への運動範囲が広がるので、脚をさらに広く広げることができます。腰を後ろに回転させる動作では、ほかの人が見た場合に、骨盤が前向きではなく、横向きになったように見えます。
この骨盤の動かし方を「十坪ジム」では、「骨盤を開く」と表現しています。

2膝上げ動作と視座腰上げ動作の図解2 図4 前後開脚姿勢での骨盤を横開きしての沈み込み動作
(股関節を前後方向に開くとともに、骨盤を横にひねることによって、股関節周囲の筋群や腸腰筋などのストレッチ効果があらわれ、骨盤を中心とした柔軟性が高まる。)

 「骨盤を開いた姿勢」から、体全体を沈めるように骨盤位置を低くしていく(図4)と、股関節周りの筋群や体幹と脚を結ぶ筋群がストレッチされ、柔軟性の限界を感じるところまで来ます。
この時、ストレッチされ、限界とされる筋群の感覚はそれぞれの個人によって異なりますが、内股内側の腱組織が過剰なストレッチから防御反応を示していることが多いと考えられます。
このような場合でも、トレーニングを続けていくと少しづつストレッチ効果が出て、股関節は本人が驚くほど柔軟性を増加していきます。
 股関節や骨盤、腰椎、背骨を柔軟に動かすことが大腰筋の活動を高めることに役立ちます。

 図3,4の股関節開脚の動作では、骨盤を開くように横に回転することは、後ろ脚の「外旋」動作が生じやすい。後ろ脚の外旋を伴った骨盤の横開きは簡単ですが、足の位置を外旋させずに、大腿骨(太もも)の部分を外旋させることによって、骨盤を横開きすることが技術上の重要な点です。後ろの足の向きを前方向にしたまま、大腿部を外旋させることによって、外旋深層六筋の働きが高まることも特徴的です。

図5~9にスプリントトレーニングマシンの乗り方について説明します。

スプリントトレーニングマシンは、右足用と左足用がそれぞれに独立した構造のペダルを回転させる運動と、左右のペダルアームを取り付けた回転軸の位置が自動的に一定速度で、左右逆方向(前後方向)に滑る動きを組み合わせた構造になっています。このため、トレーニングする人は、歩幅分だけ大股になるような自転車ペダルを立位姿勢で漕ぐという動作(立漕ぎ動作)をします。
スプリントトレーニングマシンには手すりがついているので、手すりにつかまってペダルを回転させるわけですが、足元が常に移動しているので、立位バランスをとることが不安定になります。

JPEGスプリントマシンの立位基本姿勢 図5 スプリントマシンでの基本立位姿勢
スプリントトレーニングマシンのペダルに乗った時の基本的な立位姿勢を図5に示しました。
基本姿勢(図5のC)は、肩峰点(肩)、大転子(骨盤)、膝、くるぶし(足首)を結んだ線が、横から見た場合に直線となるような姿勢です。骨盤の前後方向への傾きを見ると、骨盤の後傾姿勢(図5のA),骨盤の前傾姿勢(図5のB)は、いずれも正しい姿勢とは言えません。
骨盤は腰がまっすぐに伸びた正面向きの姿勢が良いといえます。
骨盤の後傾とは、骨盤の恥骨結合の部分が上方向に向いて、腰が後ろで丸くなっている場合です(A). 骨盤の前傾とは、恥骨結合が下方向に向かい、お尻が突き出た姿勢になる場合です(B)。実際のランニングフォームを見ると、お尻が突き出て、腰の上部が前方に押し出されたような姿勢で走っている人が多く見受けられます。これは骨盤前傾姿勢でのランニングです。骨盤前傾の姿勢では、ももを高く上げる動作は大腿直筋の働きが主となるので、大腰筋(腸腰筋)を上手に使うことができません。太ももの筋をしっかり鍛えてもも上げトレーニングを行うという考え方になってしまいます。
 大腰筋を有効活用するためには、図5のCのような基本姿勢を身につけ、基本姿勢からの脚の運びができるようにトレーニングします。
 図5のCでは、肩甲骨下縁の高さが破線(点線)で示されていますが、大腰筋は、この高さの胸椎を起始としています。つまり大腰筋はこの高さから始まって大腿骨まで届いているので、非常に長くて大きな筋であることがわかります。大腰筋の起始を脚の始まりと考えれば、骨盤は脚の一部であるという考え方も成り立つと思います。したがって、脚は股関節から始まるのではなく、肩甲骨下縁(みぞおちの高さ)から始まり、骨盤も脚の動きに連動させるとよいという事になります。


スプリントトレーニングマシンでは、足元が移動していく中で、片足立ちバランスを保つために、腰や骨盤の動きが非常に大切になります。
ここで、片足立ちの軸足側を「体重支持脚」、その逆足を「振り出し脚」と呼ぶことにします。
「振り出し脚」は、体の後ろから前に運ばれ、振り出されるようにして前方に着地して「体重支持脚」に代わります。実際のランニングでは、振り出し脚が着地するのは、空中動作から地面についた瞬間になりますが、スプリントトレーニングマシンでは、着地点となる地面より33,6cm高い位置(ペダルアーム角度が水平位より斜め45度高い位置)から、足元のペダルに足がかりとなる軽い負荷がかかり始め、ペダル位置が完全に真下(ペダルアームが垂直位)になった時に完全な着地になります。

したがって、スプリントトレーニングマシンでは、実際のランニングでは空中動作姿勢にある段階から、事前準備を含めた着地姿勢づくりができるという特徴があります。

 実際のランニングでは、着地は瞬間的なものであり、地面からの反力(着地衝撃)をうけてすぐにキック動作に移行するため、着地について考える時間的余裕がないことが普通です。そのため、ランニングの着地足でスピードに大きなブレーキをかけていることに気付かずにいる人が非常に多いといえます。
 ランニング中の地面にかかる力を測定するフォースプラットフォームという測定装置で記録すると、着地時に前方向への大きなブレーキをかけて走っている場合がほとんどで、重心から前方に着地する人ほど前ブレーキは大きくなっています。このブレーキは、着地時に体のバランスを維持するために必要なものだと考えられていますが、ブレーキをできるだけ少なくして体のバランスを崩さないランニング技術があれば、それだけでランニングの成績は向上することになります。

 スプリントトレーニングマシンの特徴として、「着地時の前ブレーキを少なくする走動作」を身に着けることができる、ということがあります。これは、円の軌道を生かして着地動作を行うからです。

スプリントマシン軌跡上の人物動作図AB 図6スプリントマシンの乗り方 A,B
図6に、スプリントトレーニングマシンの乗り方の基本を示しました。トレーニングする人は、この場面(A,B)で、左脚を「体重支持脚」、右脚を「振り出し脚」としています。
ペダルを取り付けたアーム回転軸の水平移動幅(以下、「軸移動幅」と略す)は、あらかじめ50~100㎝の範囲で設定されているので、自動的にペダルの回転軸は軸移動幅を往復運動します。
この図では、軸移動幅を70㎝(身長ー100cm)した場合について示しています。
図6Aでは、「軸移動幅」の中間付近の様子をあらわしていますが、膝腰を伸ばした基本姿勢をとり、「体重支持脚」にしっかり体重を乗せます。この時、「振り出し脚」の右腰を高くして、右脚全体を高い位置に保ちます。膝と腰を高く保った片足立ち姿勢をとり続けることが大切です。
図6Bでは、ペダルが「軸移動幅」いっぱいまで移動し、方向変換するタイミングに合わせて、「振り出し脚」の着地動作と「体重支持脚」を後方から前方に回転移動させる動作を、同時に行います。
この時、急激な動作は行わずに、軸移動の速さに合わせて落ち着いて足を動かします。
実際のペダルの動きは、「軸移動幅」の1往復に1回転というゆっくりした動きなので、動きの途中での身体姿勢バランスをしっかり考えながら脚を運びます。「振り出し脚」に完全に体重を乗せるタイミングは、軸移動幅の中間点付近です。

スプリントマシン軌跡上の人物動作図CD 図7スプリントマシンの乗り方 C,D
図7のスプリントマシンの乗り方 C,Dでは、「骨盤を開く」動作を強調した姿勢を示しています。
図7Cは、左脚が「体重支持脚」の場合、図7Dは、右脚が「体重支持脚」の場合です。
「軸移動幅」が後方点に達してから「振り出し脚」の着地動作に入っていますが、トレーニングの初心者ではこのような動作姿勢をとることができず、もっと体の手前で「振り出し脚」が本格的に着地してしまいがちです。これは、体重配分のうえで「体重支持脚」に最後まで体重を乗せていることができず、「振り出し脚」にすぐに体重を移動させてしまうためです。
脚を高く保って、「軸移動幅」の先端までもっていくことができれば、円運動を生かした着地動作と大腰筋を有効活用した走りができるようになります。
 ここで初心者という言葉を使いましたが、スプリントトレーニングマシンをこれまで使ったことがない人でも、その動作を短期間でできる人がいます。また、何年も走り込みを行ってきたランナーがどうしてもこの動きができない人がいます。ランニングを長年行っていると、走りの動作パターンが染みついているので、それを変えていくには、時間がかかりますし、新しいことに挑戦するという新鮮な学習心が必要であるといえます。

スプリントマシン軌跡上の人物動作図EF 図8スプリントマシンの乗り方 E,F
図8のスプリントマシンの乗り方 E,Fでは、「振り出し脚」の着地開始姿勢から「体重支持脚」に移行する場合の動作の変化を示しています。ペダルにかかる負荷は、ペダルの回転角度によって変化するようになっており、ペダルアームの角度が水平位から45度上向いた位置から負荷がかかり始め、ペダルアームが水平位から90度下向きの範囲を通過すると負荷がかからなくなります。したがって、「軸移動幅」にかかわらず、ペダルアームの回転角度がペダルにかかる負荷に影響します。
 「振り出し脚」のペダルを踏みこんでいく動作は、実際のランニングではまだ空中にある着地前の準備段階に相当するので、、スプリントマシンを利用して、正確な着地動作ができるように練習します。正確な着地動作とは、着地した瞬間に前ブレーキをかけることなく前向きの速度を持った物体(体)の重力(重力加速度をもった全体重)を支えることができるスポット(極めて狭い範囲の場所)に足を置くことです。そのスポットに上手に乗り込むことができれば、体重移動がスムーズで、無駄な力を発揮しなくても加速を生み出すキック動作ができるようになります。多くのランナーは、着地よりキック動作を意識する傾向にありますが、実際はスムーズな着地の姿勢バランスが、ランニングのような移動運動には最も重要な技術的要素になります。

スプリントマシン軌跡上の人物動作図G 図9スプリントマシンの乗り方 G
図9のスプリントマシンの乗り方 G では、初心者の動作の様子を示しています。
右脚は「体重支持脚」となっていますが、軸移動は前から後ろに向かう途中で、足が体の真下を通過していないにも関わらず、前ブレーキをかけながら「振り出し脚」を後方から前に移動させようとしている場面です。これでは、「体重支持脚」の役割が果たせていません。
スプリントトレーニングマシンでは、片足荷重で、「体重支持脚」の動きをすり足動作の場合のように前後運動して体得することも必要です。どのような体勢の場合に体重を支持することができるか、ということの基本を身に着けると、上級者の段階では、様々なスポーツ動作の局面における体の使い方やバランスのとり方をスプリントトレーニングの動きを通じて身に着けることができるようになります。