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「認知動作型トレーニング」の名前の由来

「認知動作型トレーニング」の名前の由来
                               小林寛道

1.はじめに

 1994年に東京大学では大学院重点化構想に基づく組織改編があり、駒場キャンパスの教養学部の大学院組織として、文系と理系の領域横断的な学問分野を特徴とする「大学院総合文化研究科」が発足した。
理系は、1専攻(広域科学専攻)で、相関基礎科学系、広域システム科学系、生命環境科学系の3系から組織された。このうち「生命環境科学系」は「基礎生命」「認知行動」「身体運動」の3グループから構成された。
グループとは、教員の研究分野による分類であるが、定員ポストの関係から、旧「体育科」の教員は、「認知行動」と「身体運動」の2つのグループに分散して所属することになった。
「認知行動」グループは、もともと心理・教育学の教員グループのポストである。私は、他の人の人事配置を優先した結果、「身体運動」グループではなく、「認知行動」グループの「行動適応論」を担当する教授ポストに就くことになった。
この分野は、私の専門分野ではなかったため、ポストにふさわしい実力を備えなければならないという責任感があり、ある種の心理的重圧にもなった。
1980年代後半から、心理学の領域では、「認知科学」「認知心理学」という分野が新興勢力の一つとして浮上してきた。しかし、「認知科学」という学問体系は、まだ十分な形を伴うものではなかった。 それならば、「自分なりの道を開拓すればよい」という考え方に徹することもできた。以後、2006年東大定年退職までの13年間、「認知行動科学・行動適応論」の教授としてのポストにとどまった。
2011年(平成23年)、東京大学大学院総合文化研究科の研究科長・教養学部長となった動物行動学の長谷川寿一氏は、大学院設立時の行動適応論の助教授であった。また、認知科学・視覚情報分野で世界的権威となっているカリフォルニア工科大学教授の下條信輔氏も、同じ認知行動グループの助教授で数年間活躍していた。

2.認知科学と認知動作型トレーニング

 「認知科学」は、1950年代後半に心理学、人工頭脳、言語学、人類学、神経科学、哲学の研究者が集まった会議(ダートマス会議1956)を発祥の起源とするが、日本認知科学会は1983年に設立されており、主に心理学、人工頭脳、言語学、哲学、社会学など様々な背景を持つ会員が集まり、「知の総合科学」「知の本質的な解明」を目指している。認知科学とは、「人間を中心とする脳を持つ動物の心の働きを内側から解明しようとする科学」(中島秀之)と定義されている。
 この中には、「運動」や「スポーツ」にかかわる研究者の存在が位置づけられていない。
日本認知科学会の機関紙(学術専門誌)「認知科学」は、1994年に創刊されている。東大大学院総合文化研究科が創設された時と同じ年である。
近年では、脳神経科学が急速に発展してきており、「運動と脳」に関する研究は、ますます注目されるようになっている。こうした動きは2000年代になってから特に顕著である。
いずれ、運動に関する分野は、「認知科学」の中でも注目される位置を占めるようになると予想できるが、現時点では、まだ時期が早いようにも見える。
 ハーバード大学のH.ガードナー((Howard Gardner)は、1963年に多重知性理論を提唱したが、近年の認知脳科学の分野では、ガードナーの6つの知性をベースにしながら、人類の知性を、言語、絵画、空間、論理数学、音楽、身体運動、社会性、感情、の8つに分類できるとしている。 身体運動にかかわる知性は、認知心理学や認知脳科学の分野で,すでに位置づけられているが、その基盤は必ずしも強くはない。

私は、認知心理学の領域とは別なアプローチで、運動に関する認知科学のジャンルの存在を主張することを意図した。その意味を込めて、「スポーツ認知動作学」という名称の学問ジャンルを開拓することにした。1995年に、その第1歩を踏み出すチャンスは訪れた。
1991年に東京で開催された世界陸上選手権大会でのカール・ルイス選手の走技術の分析結果からヒントを得て開発された「スプリントトレーニングマシン」(第1号機1995年完成)は、「動作学習型」のトレーニングマシンとしての要素が大きい。
動作の習熟が脳の働きと密接な関係を持つことを、ランニングという基本的な運動動作で明らかにした点で、オリジナル性が高く、その後開発された動作学習の要素を含む一連のトレーニング方法を「認知動作型トレーニング」と名付け、その中で用いるマシンを「認知動作型トレーニングマシン」と総称することにした。
2001年に「スポーツ認知動作学の挑戦Ⅰ.ランニングパフォーマンスを高めるスポーツ動作の創造」(杏林書院)を刊行し、2004年には、「運動神経の科学 誰でも足は速くなる」(講談社現代新書)を出版した。
しかし、この時点では、「認知動作型トレーニングマシン」が、脳機能とどのようにかかわっているかについて、客観的なデータを得る研究手法が不十分であった。

 2005年に島津製作所は、50チャンネルの近赤外光脳内血液酸素化動態モニター装置(fNIRS)を開発した。幸運にもこの年に、島津製作所や、同社の技術スタッフの支援を得て、新開発された装置を用いて、「認知動作型トレーニングマシン」や、従来型の筋力トレーニングマシン、自転車エルゴメータ、トレッドミル、などを用いて、運動時の脳内活動の様子を詳細にモニターすることができた。
その結果、運動に伴う身体の使い方や動作によって、脳内の活動は著しく異なり、「認知動作型トレーニングマシン」では、明らかに脳内活動が広範囲に表れることの確証を得た。

「スポーツ認知動作学の挑戦Ⅰ」を出版して、2011年が10年目に当たるので、この間に進展した研究の成果をもとに「スポーツ認知動作学の挑戦Ⅱ」の出版にむけて準備を進め、2013年に杏林書院から「健康寿命を延ばす認知動作型QOMトレーニング」を出版した。